第106話 事実かどうか
ハイリはどこかに電話をかけ始める。
「おーっす、ちょっと相談があるんだけどさー、ほら寮の敷地の端っこの方に古びてて放置されている棟があるだろ? あれを爆破解体したいんだけどいいかなーってね。ちょうどいい感じの高性能爆薬の実験をしてみたくて――」
『駄目に決まってるでしょ!?』
携帯電話から漏れてきたのは女の声だった。それがこないだからちょくちょく見かける黒髪の風紀委員のものであることに気がつく。
ハイリはヘラヘラと、
「えー、いいじゃん別にさー。あんな老朽化した建物を残していたら火事になったりするかもしれないだろ? まあ、もう準備は出来ててあとボタンをポチッとなするだけなんだけどさ。あ、一緒に世紀の大爆発を見るなら英女のナナエの部屋にいるから今すぐ来なよ。ほいじゃよろしくー」
『ちょっとなにを言って――』
風紀委員が抗議の声を上げるのを無視して通話を切るハイリ。
「ちょっと私を変なことに巻き込まないでくださいよ!?」
突然爆破見学会場にされてしまったナナエは立ち上がって抗議するが、ハイリは手をパタパタと振って、
「大丈夫大丈夫。こうやって煽っておけばすぐにくるはず――」
ここで外からガチャガチャとすごい音を立てながら自転車が走る音が聞こえてきた。そして、ナナエの部屋の棟の前に停まると、ダッシュで階段を駆け上がってくる。ピンポンを連打し始めたので、ナナエが慌ててドアを開けると、
「くおらあああああああああああ!」
と一気にハイリに飛びかかって見事な体術で拘束状態にしてしまった。
「あたたたたたたた! ちょっと強すぎ! しかも早すぎ!」
「さあ、捕まえたわよ! 危ないものを今すぐ私に渡しなさい!」
「たんまたんま! そんな準備してないし、なにも持ってないからさ!」
「…………?」
ここで黒髪の風紀委員はきょとんとして瞬きした。
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ナナエから一通り説明を受けた黒髪風紀委員――カブラギ・クロエっていう名前らしい――は大体の状況を理解したあとで、
「で、あたしみたいな執行部にそれが事実かどうか聞きたいってわけね」
「そーそー。英女を支援するのも執行部の務めだろ? 機密情報とかなしにしてさ」
ハイリにそう言われたクロエは額に手を当てて呆れつつ、
「そういう話なら普通に呼びなさいよ……」
「だって、いつも呼び出すと面倒臭がって来ないじゃん」
「面倒じゃなくて忙しいのよ。それに呼び出すときは大体あたしら風紀委員の目をそらすための陽動じゃない」
そうため息をつく。
ナナエは話を戻そうと少しクロコに近づいて、
「ヒアリさんの戦いが異常でおそらく近いうちに戦死するだろうという予測――というより確信が強くなっています。ヒアリさんの力の強さは私も認めますが、両足が動かない状態でも戦い続けるのは危険としか思えません。なんとか降りてもらおうと考えているのですが……途中で離脱した英女や候補生の話を先生からもらった資料で知った後ではどうすればいいのかわからず……」
「つまりこの情報が正しいのか確認したいんですっ!」
そう念を推してくるマル。丁寧口調なのは同じなんだがナナエに比べてマルの喋り方は結構乱暴だ。
クロエはふむと資料を読んでいたが、
「あたしの友達にも途中で適正値が下がって英女候補生から外れたんで家に帰ったのもいるけど、たまに送ってくる手紙とかを見る限りじゃ平然そうだったわね。ただ、その友達は最初から適正値がギリギリだったからね。後悔とかは多少はあったでしょうけど、心理的におかしくなるほどってこともなかったってことだと思う。一般社会を満喫しているみたいで、自慢げに写真を送りつけてきてムカついてくるぐらい」
ぎりぎりと悔しげに話す。ここでマルが手を挙げて、
「疑問です。この学校もいつかは卒業しなければならないんです。当然、英女になれずにそうなる人も多いんですが、そういう人たちのその後どうなっているんですか?」
クロエは少し考えてから、
「実際問題として、英女学校は適正値を維持するために外部とは隔離している環境になっている。しかも、生徒は自己犠牲心と他者への奉仕精神に満ち溢れた少女たち。そんな子供が離脱しなくても最後まで英女になれずに卒業して社会に放り出されれば、大変よ。英女として犠牲になれなかったことへの後悔、8年も続いた生活と外の社会との違いに対する戸惑い。その心理的負担はかなり大きくなる。なので高等部の2年から社会復帰という授業を作って備えているのよ。出ていった後にも普通の暮らしができるようにってね」
ニートのリハビリかよ。全く英女ってのは犠牲が大きすぎるな。神々様はもっと戦うことにふさわしい職業とか人に力を与えてほしいものだ。
と、クロエは少し声のトーンを落として、
「ただこれはあくまでも一般生徒の話。特別な存在である英女となると状況が変わってくるわ。高い適正値を誇る英女がなんやかんやあって戦線を離脱した後がかなり悲惨だっていう話は聞いてる。確実な情報はもらえてないけど、精神的におかしくなって病院に入ったっていう噂はいくつもあったはずよ」
「やはり……事実ということですね」
ナナエはうつむいてしまう。一方マルは余計な希望を抱かせてしまったとまた頭を抱えて床をのたうち回り、ミミミがそれをあやしている。
さて、状況は厳しくなってきた。ヒアリを――足も動かず死ぬことに喜びを見出しているヒアリをこのまま戦わせるしかないというくそったれな現実だけが突きつけられている。
どうする? なにか手はないのか。
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