第234話 爆弾破蓋3
着信画面を見ながらナナエは通話ボタンを押せないままでいた。どうすればいいのかわからないんだろう。
だが俺はこれはチャンスかもしれないと考える。うまくやれば……
(とりあえず出ておけよ。どうせ今のままじゃ何もできないし)
「……はい」
ナナエがそう恐る恐る携帯端末に耳を当てる。
『声が震えているのがわかりますよ。その調子ではやはり恐れをなしてしまったようですね』
「――――っ!」
久々に先生のあの優しげな声が聞こえてきた。ただし内容は煽りだったが。
ナナエは目くじらを立てて、
「……何か御用でしょうか。先生」
一応声だけは落ち着かせて答える。
先生は少し間を開けた後に、
『ごめんなさいね。このような手はあまり好ましくないのはわかっています。ですが、あなたにも理解してほしかったんです』
「どういう意味ですか」
口調に怒気がこもっているナナエ。先生はそれで気を良くしたのか饒舌に、
『その感情は特別なものではないということです。誰でも傷つくのは恐ろしい。怖いと思うことを』
「私は英女としてこの世界にこの生命を捧げる覚悟ができています。そう思ってずっと戦ってきました」
『でも、今回の戦いではもしかしたらあなたの不死身の能力が通じない可能性を考えたのでしょう? だから前に進めなくなった』
「………くっ」
ナナエは反論できない。ただ舌を噛むだけだった。先生は更に口調を早め、
『それは仕方ない――仕方ないのないことなんですよ。みんな戦って傷つくたびにこんなことはもう嫌だと思うに決まっているんです。あなたとともに戦ってあなたの目の前で死んでいった英女たちもです』
「そんなことありません! 私が共に戦ってきた仲間たちはみんなこの世界のための犠牲になる覚悟を決めていました!」
『それは間違いだったんですよ。今のあなたが証明していますから』
フフンといいたげな先生。このクソみたいな粘着質で人の揚げ足をとってくるのは俺がいた前の世界のネットとかでたびたび見たな。とにかく相手を黙らせてくるために重箱の隅をつついたり話をそらしてきたりする。昔は英女だった先生もナナエやヒアリみたいにいい娘だったはずなのにこんなぶっ壊れ方をするなんて、間違った大人になりたくねーなと思いたくなってしまう。
『現に私もそう思いましたよ。破蓋を倒し続け、仲間を何度も失っていく中で、もし自分が死んだらどうしようと頭によぎっていました。それに他の英女が犠牲になっていく姿も見れたものではありませんでした。なんでこんなことに私達が犠牲にならなければならないんだろうって』
「……………」
なにやら先生の自分語りが始まったので俺もナナエも黙って聞いている。
『極めつけは大穴の奥底で一人取り残されたときですね。最初はあなたのように自分も犠牲になる覚悟ができているつもりでした。しかし、そこでただ死ぬのは悔しいと思い、なんとか大穴に蓋をする計画をやり遂げようとしました。ですが、塞ぐための素材もなにもないのに無理。それでも私は抗うつもりで大穴の壁に決意を書き記し続けました。そうでもしないと気が狂ってしまいそうだったから』
俺はナナエと一緒に大穴の下部にあった鉄骨のところに大量の文字が書かれていたのを思い出す。まあ他にやれそうなやつがいなかったが、やっぱり先生が書いたものだったんだな。
先生はここでため息をついて、
『しかし、そんなことはただの気晴らしです。それに助けも来ない。私はただ消耗していくだけでした。そんなときに声が聞こえたんです』
「……声……まさか」
『はい。あなたも聞いた「従え、そして抗え」という言葉ですね』
先生の言葉にナナエは動揺しなかった。先生が破蓋なのはヒアリのお墨付きだし、人間が破蓋になる状況を考えれば天蓋の呼びかけに応えた以外ないだろうし、とっくにわかっていたことだからな。
先生は続けて、
『その言葉を聞いたときに最初は意味がわかりませんでした。しかし、ほどなくして破蓋が目の前に現れて私をじっと見つめてきたときに、理解したのです。破蓋とはなんなのか』
一旦呼吸を整えているのか間を開けてから、
『破蓋は神々様だったんですよ。神々様というものがどういう存在なのかは知ってますよね? この世界に存在するモノを”存在させるためだけに存在している”。言い方は適切ではありませんが、自動車を動かす燃料みたいなものでしょう。神々様はただ植物や動物、人からモノまで存在させるためだけのものなんです。英女の自己犠牲と同じに感じませんか? 誰かを守るためだけに死ぬことを義務付けられているのですから』
存在させるための存在。神々様がいるから動物やモノなんてものが存在できている。存在の大元みたいなものだろう。
『その神々様が犠牲にされてモノが存在している状況に反旗を翻したある神々様がいました。それが――』
「天蓋……」
ポツリとナナエが答える。先生は正解とにっこりボイスで、
『そう、あなたたちが天蓋と呼ぶ存在。この大穴で何十年もつづけられた戦いは天蓋が自己犠牲を強いられるのに抗うために起きていたものなんですよ』
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