第201話 天蓋色

 その次の瞬間だった。何かくねくねしたものが天から降ってきたかと思えば、しゃもじ破蓋の身体が一瞬で粉砕された。一緒に核も破壊されたので崩壊し始める。


(なんだ!?)

「攻撃です! どこかに敵がいるはずですっ!」


 俺とナナエが辺りを見回すが破蓋の姿は見えない。

 

「こっちだよ!」


 ヒアリが叫んだのは敵のことではなく原付破蓋のことだ。目の前でしゃもじ破蓋が破壊され、混乱したのか迷走していた。ヒアリの声で一目散にこっちに戻ってきているが、かなりのスピードなのを見るとあいつも危険を感じているようだ。


 だが、ヒアリの呼びかけも虚しく原付破蓋は叩き潰され粉砕してしまう。

 上から突然落下してきたもののせいで。


「――――!」

(な……んだこりゃ……)


 ヒアリが声にならない悲鳴を上げた。俺は呆然と見つめてしまう。

 原付破蓋を叩き潰したのは別の巨大な破蓋だった。突き出した鼻、頭の上に2つの耳、4つの足で大地に立つその存在は一発で何が元ネタかわかる。


 ナナエもその姿を厳しい視線で、


「まさか犬の破蓋……? 生物が元になっているの破蓋がここに来て現れるなんて……」


 破蓋は今までずっとモノというか無機物だった。それで今回空から降ってきたのは犬であり、生物の破蓋である。先生が人間の破蓋だったので初遭遇ってわけじゃないが、変えるのを目前にして新型どころか新種の破蓋が出現するなんて最悪だ。


 しかし、俺が呆然としたのはそっちではない。この犬の破蓋が降ってきた空を見上げたときに気がついたのだ。


(おいおい……どうなってんだこれは……)


 空に巨大な穴がある。どう表現していいのかわからないが、空間にぽっかり黒い穴が空いているのだ。そして、そこから煙かタールみたいなドロドロもやもやしたものが流れ出てきていた。

 

 間違いない。あれも大穴だ。そして、俺はだいたい理解した。


(そうか。この団地に破蓋が初めて現れたのは地上の大穴からじゃない。空にできた大穴から降ってきやがったんだ。それでこの世界を破壊した後に、今度は地上にナナエたちとつながる世界の大穴をつないだ。それで全部説明できる)


 俺の推測にナナエも頷いて同意した――しかし、一方のヒアリは真っ青な顔で口を抑えて潰された原付破蓋を見つめていた。悲痛な目を見るとあの原付破蓋がやられてしまったのを悲しんでいるのだろう。

 が、すぐにヒアリのマントになっているカーテン破蓋が全身を震わせ始め、


「そうだね! こっちに来て! 私が一緒だよ!」


 そうヒアリが叫ぶと核が潰されて崩壊していた破蓋のサラサラとした霧状の何かが一気にヒアリのところに飛んできてぐるぐる周りだす。


「大丈夫……ううん、ありがとう。力を貸してくれて」


 ヒアリがそういうと光の霧がヒアリの身体の中に溶け込んでいく。


「あっちのしゃもじさんは……駄目なんだ。悲しいかも」


 しゃもじ破蓋は初手で核を破壊されてもう完全に霧散してしまっていた。こうなるとヒアリの言葉は届かないのだろう。


 それを見ていたナナエは困惑しつつ、


「一体何が……」

(多分破蓋が神々の姿に戻ってるんだよ。それで今度はヒアリのために力を貸してくれるようになったんだ)

「それはどういう……」

(知りたいのはわかるが後回しだ。俺も感覚でそんな気がしているだけの話だからな。それにまずあいつをなんとかしないと)


 そういって見た先には犬の破蓋がいる。ペットの犬っぽい外見だが威圧感がありかなり強い雰囲気があった。

 ただいろいろと普通の犬と違うところがある。まず一つ目は尻尾で、妙に細い一本のロープみたいなものが生えている。しかも、これが直角やぐるぐる巻や四角形をつくったりと意味のわからない動きをしている。さっきしゃもじ破蓋を破壊したのはこいつだろう。相当強力な攻撃手段なのは間違いない。

 2つ目はでかいことだ。犬なのは間違いないがそのサイズが象並にでかい。重量も相当あったから原付破蓋を踏み潰せたとわかる。

 最後の一つは毛並みがないことだ。つるつるの肌が直接露出している。夏仕様でカットでもしてたのか? なにか変な感じがする。

 あとおまけに戦闘機破蓋と同じように全身が宇宙の模様になっていた。こいつは天蓋の意向を強く受けた破蓋の証明だからヒアリが何を言っても聞かないだろう。とりあえず今後は天蓋色とでも呼んでおくことにする。


 ナナエは持ち前の冷静さを発揮し情報をまとめ、


「さっきしゃもじの破蓋を破壊したのは恐らくあの尻尾でしょう。割と大きな形状だったしゃもじを一撃で粉砕したところを見ると、核をきっちり撃ち抜いていて、狙いも正確です」

(俺も同感だ。あれは気をつけておかないとな)

「う、うん。私も気をつけるよ」


 ヒアリもこっちに戻ってきていた。やはりどこか悲しんでいる――いや、怒っている感じがする。やっぱり自分のことを慕ってくれていた存在が破壊されてしまったことに怒りを覚えているのか。


 ナナエは犬破蓋を観察し、


「形状がわかりやすのでどういう攻撃をしてくるのか予想しやすいです。両手両足の攻撃は威力があり、四本足での移動はかなり早いでしょう。通常の犬の数十倍の大きさですが、今までの破蓋の例を考えると、質量などの大きさは無視してくると思います。あとは──」

「ナナちゃん危ないよ!」


 ヒアリが叫び、ナナエの服を掴んで一気に小さな丘から下に滑り落ちた。

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