第107話 元英女
重苦しい空気の中、一人だけマイペースな表情を維持しているハイリはいつのも口調で、
「でもさー。ってことは先生はナナエにそんな資料を突きつけてきたってことは、いいから戦えよってことだろ? やることがえげつないよなー」
「あの先生は優しい顔してやることが適当というか相手のことを考えてないことが本当に多いのよね。連絡不備も多いし、こっちが伝えたこともしょっちゅう忘れてるし勘弁してほしいわ」
そういいながらため息をつく風紀委員のカブラギ・クロエ。
「そうだ。一つ思い出したんだけど」
なぜかクロエは小声で全員を近づかせてからヒソヒソと、
「先生も元英女らしいわよ。10年以上前に途中でなにかあって適正値が下がってしまって英女から外されたって」
この話にナナエは驚き、
「し、しかし、先生は学校に残ってます。いえ、そもそも18歳を超えた人がなぜこの学校にいるのかという疑問はありましたが、それは外との連絡のつなぎ役だという話で納得していたんですが……」
やや混乱気味になっていたのでクロエが一旦間をとってナナエを落ち着かせた後、
「そうよ。先生は残ってる。これも執行部の中で代々伝わっている話を聞いただけなんだけど、適正値が低下し続けて神々様の力を使えなくなったあと、家に帰るのを拒否して、学校に立てこもったそうよ。それも武器弾薬を大量にかき集めて、教室の部屋に壁を作って完全に籠城」
ナナエは知らなかった事実に驚いて声を失ってしまっている。この学校でテロ事件みたいなのが起きていたとは。まあ適正値が下がれば良い子じゃなくなるみたいだし、悪巧みをするのも現れても仕方がないのか。
クロエは話を続ける。
「それでここの生徒は戦闘訓練を受けているから実力で排除することは可能だったんだけど、英女として戦ってきた人と戦えないと生徒の大半が拒否。そもそも人類の敵である破蓋と戦うために英女学校に来てるのに、人間と戦えなんて言われても困るわよね。一時は特例で外の軍隊を投入する案もあったらしいけど、それも可愛そうだって生徒が拒否。仕方なく生徒会を中心とした執行部と政府で一週間ぐらい話し合いを続けて、この先ずっと学校に残ってもいいと言う話で落ち着いたのよ」
「大人でも残ってていいんですか?」
そうマルが尋ねると、クロエは頷いて、
「大人を英女学校に置かないっていうのは生徒の適正値に悪影響を及ぼさないものだから、適正値が下がってもその辺の変なのと比べればずっとマシだし、そのまま残しても大丈夫だろうという結論になったそうよ」
適当だな。まあヤケ起こして銃乱射なんてされたらたまらないからそうしたんだろうが。
「……まあ普段の仕事の適当さから考えてさっさと家に帰ってもらいたいのが本音だけどね。そういう事情があるんじゃあたしらも強く言えないのよ。また暴れられたらたまらないでしょ」
苦笑するクロエ。その辛辣な口調にナナエがそわそわしていることに気がつく。英女として必死に戦っていたので執行部とかそういう適正値の低い連中とあまり接したことがなくて、どういう反応をすればいいのかわからないのだろう。
(なんだよ、いつも俺をボロクソに言ってくるくせに、こんな話で気持ちがゆらいでんのか)
(し、仕方ないでしょう。私が接してきた範囲での生徒は皆優しくて相手のことを貶めるようなことは言わなかったんです。思わずそんな言い方はすべきではないと反論したくなってしまいましたが、しかし、事情に疎い私がクロエさんの体験談を一方的に否定するのも問題があるなど考えてしまい……)
(おっ、そこに気がついたのか。じゃあお前も俺の底辺仕事歴に詳しくないんだし、今後は俺にも優しい態度をとってくれていいぞ)
(それは嫌ですお断りです断固拒否します)
(えー)
一方的に拒絶してくるナナエに、俺は唇を尖らす。
一通りクロエには話が聞けたので、ナナエはお辞儀して、
「ありがとうございました。とても有益な情報を得られたと思います。しかし……」
途中で言葉を濁す。これにクロエが、
「わかる。ごめんなさいね。あなた達英女にとってもっと有用な情報を出せればいいんだけど」
「……いえ、まず現実を受け止めてから次になにをやるべきか考えることにしているので、まず現実を知ることが出来たのは大きいです」
そういうナナエはうつむいたままだった。ヒアリを英女から足を洗わせるのは難しいという結論にしかならない。先が思いやられる状態だ。
話を聞いていたハイリはふーんと、
「なるほどなー。でも――ちょっといいか? あたしみたいな適正値の低い人間から言わせてもらうと――」
「待った」
ここでクロエがハイリの言葉を制止する。そして、何かを決意するような口調で、
「そこから先の話は私にさせて。執行部としてね」
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