第108話 周りの人間としては

「あの……」


 しばらく黙ったままのクロエにナナエが声を掛ける。クロエはやや深呼吸を続けてなにかに備えているらしい。

 そして、おもむろにナナエの前に座ると、


「今から言うことは適正値の低い私だから言えることよ。そして執行部という立場でもあるから私が代表して言うわ」

「え、あ、あの……」


 かなり覚悟の決めたような口調だったのでナナエは気圧されてしまう。

 だが、クロエはお構いなしに続けた。


「私としてはヒアリさんに戦い続けて欲しい。例え足が動かなくなっていたとしても、今後命を落とす危険があったとしてもね」

「え」


 ナナエは予想外のことをいわれたせいでぽかんとしてしまった。

 ヒアリが両足の機能を停止しているような状態で、さらにヒアリ自身誰かのために死ぬことに喜びを見出している状態だってのに、このまま死ぬまで戦えと?

 俺は一瞬頭に血が上りそうになったが、じっと真剣な表情を見せているクロエを見てそれが静まった。大体なにをいいたいのか察したからだ。もし俺がクロエの立場だったら――

 

 一方のナナエは立ち上がって、


「そんなことはできません! このままではヒアリさんが死んでしまいます! 私はそんなことはもう……こんなところに私だけ置き去りなんてもう……っ」


 怒っているのか泣いているのかわからないほど感情の入り混じった言葉を次々に口にする。

 それに対してクロエは腕を組んだまま聞いていたが、やがてナナエの言葉が止まった辺りで、


「あなたがどんな状態で戦い続けているのかは知ってる。執行部だけではなく、ここにいる生徒全員ね。英女になってからの生存期間はかなり短い。みんな破蓋に殺されてしまうから。そんな中、不死身の能力を神々様から与えられているあなたは、幾度ともなく仲間が死んでしまい自分だけが生き残るという憂き目にあってしまった。それがどれほど辛いものだったか、想像ぐらいならできる」

「…………」


 ナナエは黙ってクロエの話を聞いている。


「その上で私は言うわ。ヒアリさんは戦わせるべきだと」

「それは……なぜなんですか」


 少し落ち着いたのか一旦座るナナエ。

 クロエは話を続ける。


「英女の役割は世界を救うこと。もし英女が破蓋に倒されてしまえば、破蓋が地上に現れ世界が崩壊すると言われている。周りから――部外者から見れば、英女が戦ってくれるこそ世界は守られているし、生きていくことができる。だから、外にいる一般市民はみんなあなた達に戦って欲しいと願っているはず」

「それはわかってます。ですがヒアリさん個人に話を限定すれば、外すことは同意してもらえるはずです。両足の機能喪失で歩くこともできない少女が戦っているということにいい顔をするとは思えません」


 ナナエの言葉は自分の育ちの良さを感じさせるものだった。確かにまともな人間なら両足が動かない少女が戦っていることに罪悪感や不快感を覚えるだろう。

 だがな。俺たち底辺の世界じゃ性格がねじ曲がっているのが多いからわかる。仕事だからやれよとか選ばれたんだから黙ってやれよとかそんな話をしてくる。同情のかけらもなくな。そういうのはヒアリの状態を話したところで無駄だ。


 クロエは頷いてから、

 

「そうね。でもそういうのじゃない人もいる。これが普通の英女であればまだ良かったかもしれない。でも、ヒアリさんは史上最大の適正値を誇っていて最強の英女になるという触れ込みでこの学校に送られてきている。それは報道を通じて盛んに報じられているからみんなわかっているのよ」


 ――話し続けてのどが渇いたのか一旦手元に置かれていた茶をすすり――


「そんな状態で、ヒアリさんが両足の機能停止を理由に戻れば、どういう目で見られるか想像できる。同情してくれる人もいれば、期待はずれだとがっかりする人、逃げたんだと叱りつけてくる人などなど……ヒアリさんが家に戻れば、そういう状況に置かれてしまう。ただでさえ、足が動かず、途中で英女を降りてしまったという罪悪感を持った状態でそうなったらどうなる? ヒアリさんに対する精神的な負担は恐ろしく重いものになる。それは破蓋と戦うことよりもずっと辛い苦痛になるはずよ」


 ここでクロエはナナエへの視線を強めて、


「私は彼女を英女から下ろすことに賛同できない。ここで戦い続けるほうがまだましってことね。これが私の結論よ。当然決めるのは仲間であるヒアリさんなんだから、あくまでも外部の一意見程度に留めておいて」

「……………」


 クロエはニッコリと笑顔で話したが、ナナエはうつむいたまま黙ってしまった。

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