第109話 ズレてる

 次にハイリが口を開き、


「まー、先に風紀委員に言われちゃったけどあたしら的にもやっぱりヒアリは戦い続けるしかないと思うんだよなー

「あっ、こらあたしが代表して言うって言ったでしょ!」


 クロエが抗議の声を上げるが、ハイリはへっへっへといやらしく笑い、


「風紀委員一人にいい顔はさせませんぜー。一人で勝手に責任を背負われてもこっちとしてもモヤモヤするだけだしさ。言いたいことがあるならはっきり伝えるってのがあたしの流儀だ」

「まったくもう……」


 やれやれと額に手を置くクロエ。更に続けて、


「元々あたしも来た早々適正値が低いから英女にはなれないだろうって言われてたのよ。それでふてくされていたら執行部から風紀委員にならないかって誘われてね。執行部みたいな学校で上の立場になるには優しすぎたり相手に尽くしすぎても駄目だから、適正値の低い生徒のほうが向いてるのよ。その時は英女ではないけど、こうやって英女を支える立場になれたのは本当に嬉しかった。だから、役割を奪われるのはとてもつらいことになるってわかるのよね」

「だ、だったら、ヒアリさんもそういう執行部のようなところに行けば……」


 ナナエはそう指摘するが、クロエは首を振って、


「でもヒアリさんは英女に選ばれてしまった。そこから下ろして別のところに行かせても役割を奪うことに変わりはないわ。ヒアリさんからしてみれば相当傷つくでしょうね」

「…………」


 反論できないナナエ。俺も反論できない。

 話の流れだけ聞くと、どうもあのクロエって風紀委員はあえて自分がヒアリは戦い続けるべきだという話をして、自分だけにナナエの不満を集めたかったようだ。これも一種の自己犠牲心の現れなんだろう。適正値が低いからと言って自己犠牲心がないってわけでもないようだ。


 しかし、役割の話については頷かざるを得ない。俺もいろんな底辺の仕事現場にいったが、途中でやることがなくなると暇で余計に辛かったからな。忙しすぎるのは問題だが、適度に忙しいほうが精神的に楽だった。ってなんか違うか? まあいい。


 ここで横からハイリが口を挟んできて、


「だからあたしたちも工作部を始めて破蓋退治に協力しようってわけさ。英女にはなれなくても戦うことはできるはずだからってね。というわけで、高性能爆薬の実験をしてみたいから団地で寮に使われてない廃墟を爆破してもいい?」

「駄目にきまってるでしょ! それに前から英女に協力したいってだけなら学校の仕事を割り当てるっていってるじゃない。破蓋と戦うだけがあたしたちにできることじゃないのよ」

「嫌ですー。あたしたちは破蓋と戦うって決めてるんですー」

「全くこの悪ガキどもは……それ以外になにか企んでないでしょうね」

「いろいろあるけど、風紀委員様に教えるわけにはいきませんからなー」


 そんなハイリの態度に肩をすくめて首を振るしかないクロエ。

 その話にマルも続いて、


「そもそも私たちだっていつでも英女になって戦う覚悟も気持ちもあります。ヒアリさんの持っているその思いの邪魔をしたいとは思えません」

「ウィ!」

「ミミミさんも同じだと言っています」


 どうやらミミミも同じ気持ちらしい。


「で…ですが……それではヒアリさんの命に……」

「ああ、それなんだけどミミミから伝えたいことがあるってさ」


 どうすればいいのかわからなくなっているナナエ。これにハイリがなにかの策があるミミミを前に突き出してくる。

 だが、ミミミは直接は話さずマルに耳元でボソボソと伝え、


「ミミミさんはヒアリさんの生存率を上げるように動いたほうがいいと言っています。その一つとして、まずヒアリさんの動かなくなった両足の回復ですね」

「あれは高度な医療技術を持ってしても原因がつかめなかったんです。工作部の人達の技術力は認めますが、あの両足を治せるとは思えません」


 ナナエの反論に、またミミミはマルに口元で話をしてから、


「逆に両足の回復の可能性は十分にあると考えています。ヒアリさんの検査結果については工作部の方で全て情報を抑えていますが、身体には異常が残っていません。至って健康体であり、歩けないはずがないんです」


 なんでその検査結果を知っているのかという部分は今はスルーしておこう。

 マルは続ける。


「そう、歩けるはずなのに歩けない。医学的にはすでに完治しているはずなのに歩けないことがおかしいんです。そうなると理由は二つ考えられます。一つは精神的なもので、歩けないとか歩きたくないとか思い込んでいるため身体がその思いに応えてしまっていることです。しかし、ヒアリさんの性格上それは考えにくい」


 ここでまたミミミがマルに話を伝え、


「もう一つは英女や破蓋、神々様が原因の可能性です。ようは超自然的な存在のために両足が動かなくなっているということですね。こっちのほうが可能性は高いと考えています。それを取り除ければ、ヒアリさんの両足は動くことになるでしょう」

「……たしかにそうですが……」


 釈然としないナナエ。

 オカルトパワーでヒアリの両足が動かないのならそこを攻めればいいってわけか。確かに片足がちぎれたりしたらもう直しようがないが、ヒアリの両足は残っているし身体の内部にも問題はない。治る見込みはあると考えるべきだろう。


「…………」


 ナナエは予想外の方に話が進んでしまい困惑しているようだ。てっきり皆自分に協力してくれると思ったのだろう。俺もヒアリをどうにかして英女から外すことを否定されるとは思っていなかった。

 

 しかし、こいつらの言っていることは至極まっとうだ。ヒアリの性格、英女の自己犠牲心、周りの状況……全て戦い続けるべきだという結論しかでてこない。


 だがヒアリのことを考えれば……


 ――ここで俺は気がついた。

 みんなズレてる。ナナエも俺自身もだ。


「少し……考えさせてください」


 そうナナエは告げたときだった。

 突然、手元に置いてあった携帯電話が鳴り響く。電話の着信ではない。緊急地震速報のような不安になる効果音を発している。


 破蓋だ。こんなときにまた来やがった。

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