第110話 らしくない

 ナナエはしばらく携帯電話を見つめていたが、やがてそれを取ると、


「行きます」


 そう沈んだ声のまま立ち上がる。

 さすがに工作部と風紀委員の表情も重苦しい。あんなことを言ったのと同時に破蓋の登場ではさすがにバツが悪そうだ。


 その空気を打破すべく、風紀委員のクロエが先に立ち上がり、


「あたしたちは自分たちの仕事をしましょ。風紀委員は外にいる生徒たちがちゃんと自室に戻るか確認しないといけないし」

「だなー。あたしらもヒアリの装備持ってこないと」

「ウィー……」

「……いきましょう」


 そう言って全員ナナエの部屋から出ていく。

 が、途中でハイリが戻ってきて、


「なあ、いろいろ言っちゃったけどさー。さっきのは別に建前とか世界の危機のためとかそういうので本音を隠したりはしてないから。あたしら――風紀委員は知らないけど、工作部3人は心の底からヒアリが戦い続ける方が良いって思ってる。ヒアリのためとかでもなく、あたしたちの意思であり本音だよ」


 ここでハイリはにっこりと歯を見せる笑顔を浮かべて、


「だからナナエたちも本音でヒアリと話なよ。いろんなしがらみとか全部捨てて、相手のこととかも考えずに自分の本当の気持ちってやつをさ――」

「ほらっ。早くしないと破蓋が来ちゃうでしょ!」

「ああっ、そんなにひっぱるなよー」


 最後はクロエに引きづられて部屋から連れ出されていった。


 ナナエはその後黙ったままだったが、やがてポツリと、


「おじさん」

(……なんだよ?)

「私は……間違っていたんでしょうか」


 ヒアリを英女から下ろすことについてだろう。俺は首を振って、


(俺もお前と同感だったし、だから間違いなんて言えないな。正しいなんて結局俺らが決めることだし)


 俺は一拍置いてから、


(腹立たしいのあの先生だよ。最初っからこうなるように仕組まれていた感じがしてる。俺らが他の連中に相談して、ヒアリはこのまま戦うべきなんて話に持っていかれるところまでな)


 今頃あの先生が計画どおりとかあくどい顔をしてニヤリとしているのが想像できてしまう。くそっ、完全に手のひらの上で苛立たしい。


 俺は続けて、


(どっちにしろヒアリは強いし、戦いたいっていう意思も尊重したいが、あんな突撃馬鹿でしかも両足も動かない状態で戦い続けさせるなんてことはできねえ。工作部の連中が提案していたヒアリの両足の回復手段を探るってのは一理あると思うが、それでもヒアリの死にたがり屋の性格が治るわけじゃないし、それではヒアリのためを考えても――)


 俺はここで言葉を止めてしまう。

 ズレてる。おかしい。今ヒアリのために英女を止めるべきだと考えていた。それは本当に俺の本音か?

 

「おじさん?」


 黙ってしまった俺にナナエが声をかけてくる。


(あ、ああ、大丈夫だ。なんか違和感があってな……体調とかじゃなくて、ヒアリに関することで俺の考え方が――らしくない感じがしてな)

「よくわかりませんが……時間がないので準備を始めます」


 ナナエはそういいながらせっせと戦闘服に着替え始める。

 その最中に俺は入りの言葉を思い出す。相手のことなんて気にせず自分の云いたいことを言ってみろ。確かそんな感じのことだった。


 本音。今の俺の本音はなんだ? ヒアリを助けたい。いや……本当にそうか? なにか違う気がする。俺が今望んでいることは……


「行きましょう!」


 ナナエが部屋から飛び出す。そして、階段を降りて寮の1階にたどり着くと、すでに工作部がヒアリを部屋から連れ出して軽トラックの荷台に乗せていた。


「ナナちゃん、ちょっと遅れてたみたいだけど大丈夫ー?」


 いつもの優しい笑顔を見せてくるヒアリ。その後ろにいるハイリがヒアリには見えないように小さく手を振っていた。どうやらさっきのことは話していないと言葉に出さずに伝えてきているようだ。


 そして俺達はトラックに乗って、大穴へと降りていった。


 さて。第5層にたどり着いた後、ナナエとともに大穴の底から浮上してきた破蓋の姿を見た。ここ最近と同じくロボット破蓋が3機ほどこちらに向かって飛んできている。


 さあ、今日のお仕事の始まりだ。

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