第111話 本音

(おじさん、代わってもらえませんか)

(どうした?)

(少々体力が厳しいようです。おじさんに身体を動かしてもらえれば、その間私は休息が取れますので……)


 ナナエの声が本当に苦しそうだったので、俺は了承して身体の主導権を受け取る。強気なナナエが代わってくれという時点で相当な状態だろう。


 ナナエたちが装備を整えて大穴に飛び込んで待ち構えてところに現れたのはやはりロボット破蓋だった。3~4機ぐらいでレールガンやらロケットランチャーやらを構えて攻撃してくる。


 すでに倒し方がわかっていたので、ナナエの見事な射撃とヒアリの人類最強パワーであっという間に蹴散らした。


 しかし、問題はその後だった。このロボット破蓋たちのスラスターを破壊してバラバラになった後大穴のそこに落ちていくんだが、今回は途中で再生してまたこちらに向かって襲いかかってくるのだ。


 このロボット破蓋には核がない。なので根本レベルで倒す方法は不明のままだ。一応背中のスラスターを破壊すると大爆発が起きて、その衝撃でロボット破蓋がバラバラにぶっ壊れて大穴の底へ落ちていく。


 ところが今回は何度もすぐに再生して浮上してくるのだ。


(きりがねぇな…)

(全くです。このままではただの消耗戦でこちらが先に負けます)


 ナナエの疲労困憊の声。ゲームとかではこういうときに回復アイテムを使ってしのいだりするが、ここの世界にそんなものはない。

 さてどうするか。俺がそう考えていたとき、


「ナナちゃんは下がって! ここから先は私だけで大丈夫だから!」


 唐突にヒアリが叫んだ。俺はなにを言っているんだと反論しようとしたが、それより先にヒアリは更に叫び、


「もう大丈夫だよ。私は大丈夫。それに私は今すごいから。すごく気分がいいから! 誰かのために尽くしていつか死ぬんだろうってずっと思ってた! その時は怖かったりするのかもと思ったけど、全然そんなことないよ! 今私は最高にすごくいい気分だから!」


 ヒアリの叫び――いや歓喜に満ち溢れた言葉。本当に、心の底から誰かのために死ぬことを喜びとしているのだろう。どうやらヒアリも自分がピンチの状況なのを自覚しているようだ。今こそナナエのために尽くして死ぬときと決めているのか。


 ヒアリが死ぬ。そう思ったときにミナミの死に様の姿が頭にフラッシュバックした。ナナエと合流しようとして大穴の階段を降りる最中で身体が石像のように動かなくなっていた。だが、今にも動き出しそうと感じるミナミはまだ前に進もうとしていた。死ぬ気はなかったとはっきりわかった。

 それを見て俺が味わった苦痛を思い出す。あんな思いは二度とゴメンだ――


 その瞬間、俺の頬が緩んでしまった。引きつったのではない、本当になぜかわからないが笑みがこぼれてしまったのだ。


「……わかったよ」

「えっ?」


 俺が背中越しにそう言うと、ヒアリはきょとんとした声を返してくる。

 戦い続けてすでに数時間。ナナエだけではなく俺も疲労困憊で考える力も残ってない。だからこそ――俺の化けの皮が完全に剥がれ落ちた。


「……ははっ」


 さらに口から自虐的な笑みがこぼれ落ちる。どうやらいつの間にかナナエとかヒアリとか他の英女候補生の良い子ちゃんぶりに当てられて、俺も面の皮が厚くなってしまっていたらしい。


 ヒアリに死んでほしくない。それの理由はヒアリのため? それがヒアリにとっていいこと? ヒアリの本当の幸せ? 

 

 ――違うだろ。そんなのは俺らしくねえ。


「考えてみたことあるか? わけも分からずこんな戦場にきて早々目の前で一人の女の子が死ぬって状況を」

「……………」


 ヒアリは無言だった。背中合わせの状態だったのでその表情はわからない。


「嫌なことから逃げ回っていて、それでも楽ができるから良いんだって適当に生きてきて、それなりにやってきたのにいきなり地震に巻き込まれて、気がついてみりゃこんなところで巨大な化物との戦いの日々だ。それだけならまだいい。たった数日で眼の前で、気立てが良くて優しくてできの良い女の子が立ったまま死んでいるのを目の辺りにする。最悪すぎる気分だよ」

「…………」


 ヒアリは黙ったままだ。しかし、少し身体を震わせていることに気がつく。だが俺はお構いなしに話を続ける。


「もうさっさとこんなところから逃げ出したい気分でいっぱいだ。でもどうやってもそれができねえ。できねえんだよ。それでも逃げ出す方法をずっと探していたところで今度は別の女の子がやってきた。そいつもすごく明るくて元気で誰かのために尽くして死にたいとか思っている変わり者だ。良いやつだよ、本当にな。俺も悪くない気分で接しててすでに一ヶ月以上が経過してる。で――だ、数日しか合ってない女の子が死んだだけで最悪の気分になったのに、一ヶ月以上あっていたのが死んだら俺はどんな気分になるんだろうな」

「…………っ」


 またヒアリの小さな肩が震えるのがわかった。


「俺の善意も優しさも他人のためじゃなくて全部俺のためのものなんだよ。ヒアリに生きてほしいのはヒアリのためじゃねえ。俺のためだ」


 ここで俺はありったけの本音をぶちまける。


「だから――俺を不快にしないために生きろ!」


 この言葉と同時にロボット破蓋2機が第三層に到達した。


「代われ!」

(はい!)


 俺から身体の主導権を取り戻したナナエが即座に大口径対物狙撃銃を発砲する。もう慣れてきたのか、きれいにロボット破蓋のスラスターを立て続けに2機とも打ち抜き、あっさり爆散してまた大穴のそこへと落ちていった。


「……そうですよね。善意も優しさも結局は自分の気持ちを叶えるためのものです。私も自分に嘘をつきすぎていました」


 そして、ナナエはヒアリに背中を向けたまま口を開く。


「私も今まで5人の仲間と別れてきました。何回も何回も泣き続け、苦しんで、ふさぎ込み、5人目の人とはできるだけ触れないようにして、死に別れてしまいました。その時は別れの辛さを軽減できていたように感じましたが、今ではひどく後悔しています。もっとお話をしておけばよかった。そうすればきちんと連携が取れてミナミさん――5人目の仲間とももっと戦えたのではないかと。今でも苦悩しています」

「…………」


 もうナナエに身体の主導権を返してしまったのでヒアリの反応はわからない。


「だから決めました。もう私は誰とも別れません。ヒアリさんがなにを考えていようが知ったことでもありません。私がヒアリさんに生きていてほしい。もう苦しまなくてすむ……ただそれだけの願いです」


 そして、ナナエが叫んだ。


「だからお願い! もうこんなところに私を置き去りにしないで!」

「…………っ」


 ヒアリは口に手を当ててどうすれば良いのかわからないという感じになっていた。

 しかし、ここで空気の読めない連中のおでました。


(おい、また来るみたいだぞ!)


 大穴の下の方からスラスターの噴射音が近づいてきていた。ナナエは即座に対物狙撃銃を構える。

 ここでヒアリが予想外の行動に出た。いつもはすぐに破蓋に斬りかかる態勢になるのに、ナナエの後ろ側に移動する。


「わっ私……援護するから。あの、まだよくわかってないんだけど、ここでナナちゃんの援護をするよ。気持ちも収まってないから、危ないことはしないようにするから」


 ヒアリはやや混乱している感じだった。でもその言葉からはっきりと分かる。今のヒアリは死のうとはしてない。俺達の生きろという願いに答えようとしている。

 

 ナナエはふっと頬を緩ませて、


「問題ありません。ヒアリさんはそこから援護をお願いします。しかし、必要なときにはきちんと働いてもらうので、集中力を切らさないでください!」

「は、はい!」


 そして、その後も戦闘は数時間に渡って続いた。浮上してきたロボット破蓋を破壊してまた浮上してきたロボット破蓋を破壊。ひたすらこれの単純作業だ。


 ようやくロボット破蓋が浮上してこなくなり、大穴から外に出たときにはすでに太陽の陽が高くなっていた。


 やれやれ、今日も学校はサボりだな。

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