第153話 スパナ+缶?破蓋2
ナナエは移動して上手くスパナ破蓋の本体と缶破蓋が重ならないポジションから狙撃しようと試みるが、すぐさま向こうも移動してしまい、どうにも手が出せない。
ナナエは苛立ちで唇を噛みながら、
「おじさん、あの缶の破蓋に見覚えはないんですか? あれの正体がわかれば攻撃する手段が見つかるかもしれません」
(そうは言われてもな……)
薄汚れたやや平べったい缶。肉が詰まっている犬用の餌みたいなのともちょっと違う形状だ。そもそもカメムシと書かれているが、一体何を意味するのかさっぱりわからん――ん、カメムシ? なにか記憶の中にある。通販倉庫で商品を集める作業をしていたときだったような……
俺が唸っていると、
「おじさん?」
(なんか思い出せそうだ、ちょっと待ってくれ)
カメムシ……カメムシ……
俺は一瞬よぎった言葉を手がかりに記憶の海を潜って思い出そうとする。しかし、カメムシと言われても何も思い出せない。しかし、なにか気になることがある。なんだ? イライラしてきたぞ。
そんな中もヒアリはスパナ破蓋のヘッドと激闘を続け、派手な金属音が大穴に響きわたっていた。ヒアリの力は圧倒的だが体力は無限ではない。少しバランスを崩してピンチだったので、ナナエは即座に援護射撃してヘッドを弾き返す。
「ナナちゃんありがと!」
「すいません、こちらも破蓋の破却に手間取っています。少しだけ時間を稼いでください」
「りょーかいだよっ!」
態勢を立て直したヒアリはまたヘッドとの戦いを再開した。
見た感じヒアリは大丈夫だろう。ナナエに攻撃してくるような感じではなかったので、俺は缶とスパナ本体の破蓋の方に集中する。すでに第3層寸前まで到達し、そのまま俺たちを無視して浮上を続けていた。
肉眼でもしっかりと缶の表面が見えるようになってきたが、大半が汚れていて読めるのはカメムシの部分だけ。しかし、他にもなにか文字が書かれているように見える。
カメムシ……カメムシ……ううんわからん。カメムシと缶をつながるものが全く思いつかない。形状的にこれがゴキブリとかならどう見てもバル――
ここで俺の全身の血が引く音が聞こえた。ゴキブリ……カメムシ……缶……
俺の記憶が蘇ってくる。通販の商品を取り扱っている倉庫のときだ。ピッキングという客からの注文の商品を棚から取って集める仕事をやっていたときに、ゴキブリ用の殺虫剤と一緒にカメムシ用のものがあり、こんなのもあるのかと思っていた――
俺の心臓が飛び出そうになる。やばい!
(ヒアリ! 今すぐ上に登って工作部のところに行ってくれ! そのまま三人を連れてずっと上の方に移動するんだ! できるなら大穴の外に出ろ!)
「いきなり何を言い出すんですか!? 説明してください!」
『おじさんどうしたの!?』
ナナエは仰天し、ヒアリは少し離れているところにいたので通信機越しに聞いてくる。とにかく時間がねえから、
(説明している暇はねえんだ!このままじゃ俺とナナエ以外はみんな――)
――こいつは殺虫剤だ。それも広域にガスを噴射して室内にいる害虫を皆殺しにするタイプの――
(死ぬぞ!)
「――――っ!」
ここで一気にヒアリの気配が変わった。今までは飛びかかってはスパナ破蓋のヘッドで弾き返されていたが、今回は両手の鉈で受け止めた。しかも空中で止まった状態だ。また神々様がヒアリに新しい力を貸してくれたのか。
「私に力を貸して!」
ヒアリはそう叫ぶのと同時に目にも止まらない速度でスパナ破蓋のヘッドを切り刻む。あの頑丈なヘッドにまるで豆腐みたいに扱っている。
そして、完全に細切れにされたヘッド部分はバラバラと大穴の底に向かって落ちていった。しかし、核がないのですぐに再生してしまう――と思ったら、ちょうどよくそこにスパナ破蓋の本体がいたのでそこに吸収されるように再生していった。これでヘッドと本体が分離していない状態に戻る。
チャンスだ。これであのヘッド部分だけがヒアリを追いかけてくることはすぐにはないだろう。
「行ってくる!」
そのままヒアリは大きく上に飛び上がっていく。そして、残されたのは俺とナナエと破蓋だけになった。
ナナエは事情を説明してもらえなかったため不満げな顔で、
「……そろそろ教えてください」
(あれは殺虫剤だよ。細かいところまではわからないが、あの缶から大量の殺虫剤が噴射されて部屋いっぱいに広がるものだ。それで部屋の隅に隠れている害虫をイチコロってね)
「……そういうことですか。もしここで私が攻撃すれば、ヒアリさんが危険でした。危ないところでしたね」
ナナエは納得する――が、俺は首を振り、
(いや、あの殺虫剤は自分でも起動できる。別に缶に穴を開ける必要はない。てことはいつでも殺虫剤がばらまかれてもおかしくないんだよ)
その説明にナナエはぎょっとし、
「今までは運が良かっただということですか……そう考えるとあのネジ回しの本体が缶の破蓋への攻撃を誘っていたのも罠かもしれませんね。そうやってこちらの攻撃を封じておいて、こちらへ最大の犠牲を強いるときに殺虫剤を散布する気かもしれません」
恐らくナナエの読みどおりだろう。にしても破蓋が妙に手の混んだ戦い方をしてきてるな。こっちの行動まで読まれている気がする。どうなってんだ?
ここで殺虫剤の詰まった缶の破蓋が第3層に到達した。その横でスパナ破蓋がくるくる回転している。
しかし、まあいい。今はこの破蓋を倒すのが先だ。ここからはナナエの不死身の能力と俺の我慢が有効になる。
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