第154話 スパナ+殺虫缶破蓋3
『ナナちゃん! 工作部の人達のところまで来たよ! なんとか三人共抱えられそうだからこのまま上に向かうね!』
「焦りは禁物です。幸いその距離ならばある程度は安全です。確実に上まで送り届けてください」
『ウィウィ!』
『事情を説明しろと言ってます。私もわけも分からずなので』
ナナエは工作部に通信機を通してさっき俺の言ったことを説明する。いつ殺虫缶破蓋がガス噴射を始めてもおかしくないからハラハラだ。
それを聞いてミミミとマルはすぐに状況を理解した――が、ハイリだけは違った。
『大丈夫なのか!? なあナナエは大丈夫なんだよな!?』
突然取り乱した声を通信機越しに言ってきた。いつもの雰囲気と違ったのでナナエはやや戸惑いながら、
「すでにご存知の通り、私は死にません。痛くなると精神的に参りますが、今ではおじさんがその代りをやってくれるので問題ありません。危険なのはそちらの工作部とヒアリさんなので退避してもらっているだけです」
そうきっちりと返した。ハイリは少し黙っていたがやがて軽く笑いながら、
『……そ、そうだったな。ごめん、やばい感じだったらちょっと焦っちゃったよ、たははは』
『ウィッー』
『馬鹿なこと言ってないでさっさとこの場に離れるぞ。邪魔をすんなと』
そんな工作部たちの会話が途切れた。恐らくヒアリが大穴の上を目指して上昇していったのだろう。
さて――とどうするのか考えようとしたときだった。突然スパナ破蓋が殺虫缶破蓋の頭の部分を殴りつけた。
『!?』
俺とナナエがまともに驚く暇もなく、今度は殺虫缶破蓋の頭からすごい勢いで白い煙が噴出した。
(代われ!)
「はい!」
俺は即座にナナエから身体の主導権を得る。これでとりあえず負けることはなくなった。とはいえ、殺虫剤のガスなんてどうすりゃいいんだか……
凄まじい勢いで殺虫剤の霧が大穴に充満していく。俺は地上の方を見上げつつ、
「ヒアリ。そっちは上までいけそうか? 思ったよりも殺虫剤が広まって上の方に向かっていってるんだ」
『大丈夫――絶対だよ! 私はみんなを連れて大穴の外出てみせるから!』
ヒアリの自信満々な回答を信じるしかないだろう。あとは――うげええええ。
身体の中に大量の殺虫剤が入ってしまったので、一気に気分が悪くなってきてしまった。胃の中からちょっと前にナナエが食っていた飯が飛び出そうとしてきた。
「おえええええ、げぇ……おっぷ」
(吐くとかみっともないからやめてくださいよ!)
「体裁なんて気にしてる場合か!」
俺が嘔吐感に耐えているとナナエから妙な指示が出されて文句を言ってしまう。
というかそれどころじゃない。視界が薄暗くなり、視力の低下を感じ始め、全身が風邪でも引いたかのように重い。吐くとかそんな気分すら失せてきた。
ここでふと気がついた。スパナ破蓋がいない。さっき殺虫缶破蓋を殴った後に姿が見えなくなっている。
「どこいきやがったんだ……?」
煙たい中、あたりを見回すがやはりいない――と、ここで携帯端末から緊急警報みたいな音が鳴り響く。画面を見るが、やばいという感じの文字だけで意味がわからん。
(これは……破蓋が第2層に侵入しています! 恐らくねじ回しの方のものがヒアリさんを追いかけたでは……!)
「マジかよ……」
ナナエの言葉に俺はガチで焦る。同時にヒアリから連絡が入る。
『ナナちゃん、こっちに破蓋さんが来ちゃってるよ! みんなを抱えてだと追いつかれちゃう!』
まずい。本気でまずい。上に逃げている最中にヒアリが襲われれば、何の力もない工作部たちが無事で済む可能性は皆無だ。
どうする――どうする? 迷っている暇はない。
「ヒアリ。一旦そこで工作部を降ろして、ねじ回し野郎を蹴散らしてくれ。追いつかれたら意味がない」
『で、でも、このままじゃ毒の煙上がってきて……』
「そっちは俺がなんとかする。頼んだぞ」
『わ、わかったよ! でも気をつけてね!』
ヒアリからの通信が切れる。
(どうするつもりですか)
「今考えてるよ。あのままだと追いつかれて大惨事だからな」
(とにかく煙の噴出を止めるしかないですね。あるいはヒアリさんから遠ざけるか)
相変わらず気分の悪くなる殺虫剤の散布の中で俺は考える。この煙がさっさと止まってくれればいいんだが……いや、ちょっと待てよ。こいつが殺虫剤ならそのうち出尽くして止まるんじゃないか?
だがナナエはそれを否定し、
(無理でしょう。この煙自体が破蓋から生じているものなら、破蓋の一部です。つまりいくら噴出しても再生するため無限に吐き出し続ける可能性が高いです)
チートかよ……勘弁してくれ。
ん? ちょっとまてよ。
「なら、破蓋を倒してしまえば放出している殺虫剤も全部消えるってことじゃないか?」
(あ)
俺に言われてナナエも気がついたらしい。よっしゃ。これで光明が見えてきたぞ。
しかし、核は缶の中にあるからここからでは見えない。闇雲に銃で撃っても俺の腕じゃいつまでも当たらないだろう。かといってあたり一面殺虫剤だらけじゃナナエに身体の主導権を戻すことも出来ない。
「くそったれめ」
俺は殺虫缶破蓋に向かって歩き出す。あの破蓋の上に昇って、そこから核の位置を見つけてあとは至近距離で撃ち抜けばいい。それなら俺にでもできる。
ふらふらの身体にムチを打って飛び上がり、破蓋の上に降り立った――と思いきや、突然破蓋が缶の身体をくるっと回転させる。
「おわっ!」
俺はバランスを崩して破蓋の上に思いっきり転んでしまった。しかも倒れ方が悪くて思わず頭をぶつけてしまう。
一瞬で俺の意識が闇の中に落ちた。
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