第155話 スパナ+殺虫缶破蓋4

(……じさん! おじさん!)


 何やら声が聞こえる。こうぐーすか寝ていたところを叩き起こしてくるやつはどこのどいつだ――って。


「うおっ」


 俺は慌てて飛び起きた――と思ったら足元がぐらついて慌ててその場にしゃがみ込む。


(気をつけてください! おじさんの意識が途切れていたせいで、状況がわかりません!)


 ナナエの言葉に俺が気絶していたことに気がつく。


「何分ぐらい気を失ってた!?」

(正確にはわかりませんが、十数分程度だと思います。私も音以外は把握できないので今どうやっているのかなにもわかりません)


 そう言われて前にナナエが気絶していた状態のことを思い出す。俺が気絶してもナナエの意識は無事だが、目を閉じてしまえばナナエには何も見えない。つまり何が起きているのか俺にもナナエにもわからないってことだ。


「くっそ、ここはどこだ?」


 俺は何が起きているのか理解に務める。周りはかなり薄暗いが、下の方から赤い光が昇ってきて、それを頼りに目を凝らすとどうも何かの上に乗った状態でずっと下に向かって降下を続けている状態だと理解した。


(これは……破蓋です! 私達は今破蓋の上に乗ってます!)


 仰天するナナエ。俺も足元にあるのがあの殺虫缶の破蓋だとわかった。つまり破蓋が俺たちを乗せたまま大穴の底めがけて落ちてるってことか? なにやってんだこいつ。


 そして、下の方の赤い光の正体もすぐにわかった。大穴の底でドロドロと煮えたぎっているマグマの海から出ているものだ。そして、クソ暑い。気がつけば全身汗だくになっている。


「まずいな。こりゃ相当下の方まで降りてきてるぞ」

(第6層から垂れ下げられている緊急用の縄もありません。これは深度8000は超えて最深観測所に近い場所かもしれません)


 ナナエがやや落ち着きなく話す。緊急用の縄って落ちたときに掴むやつだっけか。それがないってことは……


「もしかして戻る方法がない?」

(……はい)


 うなだれるように答えるナナエに、俺も天を仰ぐ。いやしかし、諦めたところでどうにもならん。なにか方法は……


「うへっ!」


 そんな事を考えていたらまた殺虫缶の破蓋が殺虫剤の噴射を開始した。これではナナエに交代することもできない。


「とりあえずこいつをなんとしかしねえと話にならねえ」

(ですが、この状態で破却したら私達も大穴の底に落ちます!)


 確かにナナエの言う通りこれでは破蓋に手も出せない。俺らを殺しに来ているやつが命綱とか何の冗談だ。


 ふと、下の方にカメラみたいなのものが見えてくる。あれが最深観測所か? しかし、人間がつかめるような大きさじゃない。となると、


「その下にある鉄骨に捕まるしかねえな」

(そこに人がつかめるような場所がなければ終わりです)


 俺はなんとか殺虫剤を吸わないように口を抑えつつ、下の方の様子をうかがう。すると程なくして大穴の壁をぐるっと囲うように鉄骨が突き刺さっているのが見えてくる。大穴の中心に近い方が恐らく破蓋によって破壊されたため、へし折れたり削られたりしているが、壁に近い方ならば人間が降り立つことは可能だ。


「つっても俺があそこに飛び乗るしかないのかよ」


 殺虫剤が噴射されている状態ではナナエに身体の主導権を返せない。やるっきゃねえ。


 俺は意を決して鉄骨の方に向かって飛ぶ。いくつかぶつかって掴みそこねるが、なんとか一つの太めのものにしがみついた。


(おじさん素晴らしいです!)


 珍しくナナエが俺を褒めてくれる。だが喜んでいる場合じゃない。殺虫缶破蓋は俺が頭の上にいなくなったのを悟るとその場に停止して殺虫剤の噴射を続けていた。だが、俺よりもやや上の方でなおかつ殺虫剤はどんどん上の方に昇っていっていたのでここには来ない。なら――


「ここに殺虫剤の効果は届いてない。戻すぞ」

(はい!)


 俺からナナエに身体の主導権が移る。ナナエは即座に腰から拳銃を引き抜き、殺虫缶破蓋に狙いを定める。


「恐らく撃ったら爆発して殺虫剤が飛散するでしょう。しかし、この場所からならばヒアリさんたちに届く心配はありません。ただ、私に向かっては来ると思いますので、その前に飛び出した核を撃ち抜いて破却します」

(確実性の低い作戦だな。殺虫剤は濃い霧みたいな状態で視界も悪くなるから、核を見つけるのも難しいと思うが、大丈夫か?)

「失敗したらおじさんが変わってください。それであの缶が再生した後にまた実行します。なので確実性は高いです」


 ふふんと自信満々なナナエだったが、結局俺頼りかよ。まあそれができることなんだから別にいいんだが。


「では――」


 ナナエは拳銃から一発発砲した。それが綺麗に殺虫缶破蓋に直撃し、案の定大爆発を起こして殺虫剤があたり一面に充満した。当然こちらにも向かってくる。ナナエはその前に核を――


「破却します!」


 そうナナエが叫んだのと同時に拳銃を発砲した。すると、殺虫剤の霧の中に埋もれていた赤い核を見事に一発で破壊してしまった。俺には全くどこにあったのか見えなかったのに相変わらずすごい腕の持ち主である。核を失ったため、散布されていた殺虫剤の煙も一気に消え失せた。


 程なくして破蓋の本体がぼろぼろと崩れ落ちていく。やれやれどうやら切りは抜けたようだ。


 しかし……


(ここからどうすりゃいいんだ)

「どうしたらいいんでしょう」


 俺たちは途方に暮れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る