第156話 立ち往生
あたりは薄暗く下の方のマグマの赤い光だけが周囲をぼんやりと照らしている。
(……参ったな)
「……参りましたね」
俺とナナエは呆然と大穴を見上げる。ほとんど光が届かないため真っ暗闇しか見えないが、よーくみると小さな星みたいなものが見える。恐らく大穴の入り口だろう。
「とりあえず周囲の状況を確認したいんですが――」
そう言った途端にナナエの身体がふらつく。おい大丈夫かよ。鉄骨から落ちたら底のマグマの海に真っ逆さまだぞ。
ナナエは額に手を当てて、
「ちょっと暑さが堪えてきました……すいません、おじさん変わってもらえますか?」
(しゃーねえな、いいぞ)
さっさとナナエから身体の主導権を借りる。確かに暑い。というか熱いといったほうが正しい。糞暑い風呂よりも熱くてしかも蒸し蒸ししてる。これでは打たれ弱いナナエには辛いだろう。
「うえー、本当に暑いな。でもまあ我慢できる範囲だ」
(よくこんな暑さに耐えられますね)
「ちょっと前に通販の倉庫で働いていたけどめちゃくちゃ暑かったから慣れてるんだよ。夏場とか地獄だったぞ」
(冷房とかはなかったんですか?)
「あったけど殆ど効いてなかった。天井から細い管が垂れ下がってそこから冷気が出てくるんだが、その真下でもなけりゃほとんど意味がない」
(非人道的すぎるでしょう。もっと抗議して待遇を改善すべきです)
「空調とかまったくないところもあったしな。まだマシな方だった」
(ええ……)
ナナエがドン引きしてしまった。まあ底辺なんてろくな環境なんてないし、いちいち改善とかやるぐらいならまともな現場に変えたほうが手っ取り早い。
まあそんな話はさておきこの状況をなんとかしなくてはならない。大穴の深度10000よりも下。第6層から降りている緊急脱出用のロープは届いてない。なにか他に上に登る方法はないか。
なにか使えるものがないかと周辺を見回すが薄暗すぎてろくに見えない。かと言って不安定で細い鉄骨の上を移動して確認するのは危険だ。落ちたら全て終わりだし。
(携帯端末が上着に入っています。連絡が取れないか試してみてください)
ナナエに言われてポケットから携帯端末を取り出し、画面をつける。だが、電波状態は圏外表示なってしまっていた。
「上まで特に遮蔽物とかないんだが、それでも距離が遠すぎるから無理っぽいな」
(これでは連絡が取れません……)
うなだれてしまうナナエ。ふと、画面の明かりであたりが照らせることに気がつく。そういや懐中電灯代わりにも使えるんだよな。
俺はあたりを照らしてみようとするが、
「……てか気持ち悪い」
俺は髪の毛から伝って落ちてくる汗を拭い取る。目の中まで入ってくるからせっかく明るくしてもこれじゃ視界がぼんやりとしてしまう。
ふと、俺の身体を照らしてみると戦闘服がまるで土砂降りの雨に遭遇したみたいにぐっしょりになってる。気持ち悪いので上着をバッサバッサして水分をふるい落とそうとするが、
(ちょっとおじさん、どこを見てるんですか!)
ナナエが抗議の声を上げてきた。
「なんだよ、汗を振るってるだけだぞ」
(上着を開かないでください。そうされるとその……)
なにやらいいづらそうにしている。ああ、戦闘服の下に着ているシャツが薄いせいで下着が透けてるのか。
「なんだ、透けてても俺は気にならないぞ」
(私が気にするんです!)
「はいはい」
一緒に風呂もクソもしているんだから今更こんなの気にしてもしょうがないだろうといいたくなったが、うるせーこいつも年頃の女の子だからな。変なトラウマを抱えられたら面倒なだけだ。
一旦携帯端末の画面を消してから服から汗を絞り出す。てか、
「この汗どんどんでてくるんだが水も飲んでないのにどこから湧いてきてるんだよ」
(私の能力はどんなに傷を追っても健康な状態に戻るものです。ならば汗をかいて脱水症状になってもすぐに正常になるはずです)
「永久機関かよ……つーことは出てくる汗やションベンを飲み続けたら飢えないってことか?」
(本気で気持ち悪くなることを言わないでください)
うっぷと吐き気を催すナナエ。まあ俺もさすがに汗を飲むなんて気色悪いことはしたくない。
とりあえずだいぶ楽になったので再び携帯端末の画面をつけてあたりを照らす。見えるものといえば鉄骨と大穴の壁だけ。壁は多少ごつごつしているが基本的に垂直になっているので、這い上がっていけそうなところもない。
俺はゆっくりと鉄骨を伝って歩き壁に手を当ててみる。硬いが鋼鉄ってわけじゃない。腰の部分にあるナイフを取り出して壁をドスドスさして見ると案外突き刺さる。
「これで壁を刺しながら上に登るっていうのは?」
(無理です。途中で短剣が折れるでしょう)
そうナナエに言われて確かにと納得する。そうなると、
「俺らから上に登るのは無理ってことだな。後はヒアリたちが助けに来てくれることを祈るしかないのか」
(しかし、まず私達の無事を伝えなければ、向こうも動きにくいはずです。とりあえず、拳銃を上に向かって撃ってください。その音でこちらの存在を伝えられるはずです)
「ちょっと遠いが向こうまで音が届くか?」
(音を遮るものはなにもないので届く可能性はあります。賭けるしかないでしょう)
「そういう賭けに勝ったことはないんだが……まあやってみるか」
俺は反動で落ちないように壁によりかかってから拳銃を構えて上に向かって発泡する。
普段からろくでもない目にあっているんだからこういうときはサービスしてくれよ神様。
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