第157話 おぞましいなにか

 発砲してから10分。今の所上の方にいるはずのヒアリたちからは特に反応はない。


「もしかして諦めて家に帰った可能性は……」

(それはないでしょう)

「だな」


 ナナエから即座に言われて俺も納得する。適正値の低い工作部――ハイリは実は高いらしいが――はさておき、ヒアリがそんなことをするはずがない。むしろ、今すぐ追いかけようとしてミミミやハイリに止められている姿が想像できてしまう。


「つっても向こうはどうやってこっちに反応を返してくるかな。ミミミあたりがいい手を思いついてくれればいいんだが」

(今は黙って少しの反応も漏らさないようにするしかないでしょう。もしかしたら音などで返答してくる可能性もありますから)


 そんなナナエの話に俺も確かにと口を閉じる。

 とりあえず黙って鉄骨の上に座る。あとは上に残っている連中がどうにかしてくれるかを待つしかない。しかし暑い。下の方からはマグマの煮えたぎるゴゴゴゴゴゴという薄気味悪い音だけ聞こえてくる。


「…………」

(…………)


 俺らはただ黙ってじっとしているが、上は真っ暗、下はマグマの海、鉄骨から落ちたら一貫の終わりという状況で黙っていると余計にそわそわしてしまう。


(退屈なのでなにか話してくださいよ)

「黙れと言ったのはお前だろ……」


 沈黙に負けたのかナナエが音を上げてしまう。


「つっても毎日話しているとはいえこんな状況で自分語りもする気に起きねーよ」

(いつもぺらぺら話しているのにこんなときに話題が付きたんですか。もう私の中に住み着いてから長いですから無理もありませんが)

「いや、愚痴と不満と経験談なら今まで話した分のあと100倍語れるぞ」

(えぇ……)


 ナナエがドン引きしてしまった。不満なら無限に話す自信はあるからな。

 とはいえ、こんな場所じゃ不安のほうが勝って話しにくい。どうせだから周りになにかないか携帯端末のディスプレイの明かりを照らして見る。見えるのは鉄骨と大穴の壁だけ――ん?


 俺は壁に違和感を覚えて、少し近づいてみる。


(どうかしたんですか)

「なんか文字が書いてある」


 大穴の壁のあちこちに大量の文字が書かれていた。なんだこりゃ。


『私は諦めない』

『私は破蓋を倒す』

『私はみんなを救う』

『こうすれば勝てる』

『この方法なら救える』

『この戦いを終わらせるんだ』


 文字は日本語――ではなくて神語か。普通に読める文字だ。まるで自分に言い聞かせるかのような言葉があちこちに書き殴られている。


(かなり昔に書かれたようですね。風化して読めなくなっているところも多いので、この辺り一帯の壁全てに書かれているようです)

「でも書いてあることの意味がわからないぞ」


 読めるのは大体短い文章だけ。長文もあるが文字が途切れ途切れで読めない。


『――も死んでしまった。はっこもだ。これ以上――しみたく――もう墓を見――嫌――終わらせ――』


(英女の言葉ですね……)


 ナナエがぽつりという。恐らく英女として書いてあることの意味が大体察しが付くんだろう。


「てことはこの鉄骨を作った英女が書き残した文字か? ってことは先生のものになるが……」

(そういうことでしょう。しかし、この環境でこんな鉄骨を設置するなんて無謀すぎます)


 ナナエの言うとおりだろう。こんなクソ暑いところで座っているだけでも辛いのに鉄骨を張り巡らせる重労働? 死ぬわ。


『この方法でいいのにみんなわかってくれない』

『でも――ともいちはわかってくれた。でも死んだ。私のせいで』

『私が悪い。――から引けない。やめられ――完成させれば破蓋を――』


 だんだんその文字から薄気味悪い怨念を感じるようになってきた。なんだよこれは。まるで呪いの言葉に見えてきたぞ。


(とりあえず先生がここでやっていたことの貴重な情報です。おじさん、携帯端末の写真機能を使って可能な限り情報を残しておいてください。でも充電池の残量には注意が必要です)

「了解」


 俺がパシャパシャ携帯カメラで撮影をし始める。しかし、この周辺の壁の殆どに書かれているんじゃないか? ちょっと異常だぞ。


(先生は何が何でもこの鉄骨での防御陣地、いえ、壁のようなものを作ろうとしていたように見えます。そして、その過程でかなりの英女が戦死していることが読み取れますね)

「こんなの完成できるのか?」

(不可能でしょう。大穴は大きいですし、鉄骨をあちこちに挿して破蓋の浮上を止めようとしたところですぐに破られます。これでは犠牲がただの無駄です)


 ナナエはピシャリとこの計画を切って捨てる。俺みたいなド素人でも直径数百メートルに鉄骨を並べて蓋みたいにするなんて不可能だとわかる。


 一体何を考えてこんなものを作ったんだ?


「…………ナナちゃーん!」


 ここで上の方から懐かしい声が聞こえてきた。大穴の入り口を見上げて、携帯ディスプレイの明かりを照らすと、ヒアリが沢山の荷物を抱えながらゆっくりとここまで降下してきていた。


 やれやれ。なんとか生き延びられたようだ。

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