第158話 まーた先生か

「ふえーん! ナナちゃんおじさん無事でよかったよー!」


 鉄骨のところまで降りてきた途端、俺に抱きついてくるヒアリ。なぜか背中にでかいガスボンベを背負ったままだ。

 ぎええええええ、やめてくれえええええ俺の自制心がゆらぐぅぅぅぅぅぅぅ。


(ヒアリさん! 今はおじさんの状態なので離れてください! 汚れてしまいます!)

「その通りだ! 俺に近づくと傷になるぞ! 早く離れてくれ!」

(ちょっとは否定してください!)

「事実だからしょうがねえだろ!」


 俺とナナエがぎゃーぎゃー言い争っているのもおかまいなしに、


「ナナちゃんもおじさんも心配したんだよぉ~! 無事で良かったよぉ~!」


 ひたすら泣きながら抱きついてくるヒアリ。引き離したいんだがなんせ足幅の狭い鉄骨だから無理な動きもできないし困った。


『ウィ! ウィ! ウィ!』

『再会を懐かしむのは結構ですが、時間がないのでさっさと予定通りに動いてください』


 どこからともなくミミミとマルの声が聞こえてきた。俺も同調して、


「と、とにかくさっさと帰ろうぜ? ここめっちゃ暑いだろ。そのせいでナナエが表に出てこれないし俺も暑くてきついし」


 そう言われたヒアリは少し離れてあたりを見回してから、


「おー、神々様がちょっと緩和してくれてるけどちょっと暑いねー」


 脳天気な声を出す。どうやら俺らを助けることで頭が一杯でこのクソ暑い状況に気がついてなかったらしい。


(ヒアリさん、戻る方法は見つけたんですか?)

「うん、工作部の人達が用意してくれたよ。はい」


 そう言って首から下げていたショルダーバッグから大型の無線機を渡してくる。

俺はそれを受け取り、


「おう、俺だよ俺。オレオレ。ここが糞暑いから俺が話を聞くわ。で、助けを借りたいんだが」

(なんですかその詐欺っぽい話し方は)


 ナナエのツッコミ。この世界でもオレオレ詐欺でもあるのか? どこの世界でも犯罪者がやることは同じだね。


『ウィウィ』

『この無線機は長距離通信が可能なものです。大穴は遮蔽物がないので恐らく感度は良好だと思いますが』

「バッチリ聞こえるぞ。これからどうすりゃいい」


 俺がそういうのを尻目にヒアリは狭い足場で器用に動いて背中のガスボンベを足場にしている鉄骨の上に下ろす。


『ヒアリさんは微弱ながら自分の身体を浮かすことが出来ます。しかし、自由に飛行することはできません。そこでその力を使いそこまでゆっくりと降下してもらいました』

「というかよく俺らがここにいるってわかったな』

『ウーィ』

『こちらでも無人機を使ってギリギリの深度まで調査していましたが、途中で発砲音を聞き取りました。第6層よりも遥かに下で人間が立っていられる場所はそこしかなかったので』


 あの発砲音きちんと届いてたのか。よかった。たまには神様に感謝しておくぜ、サンキュー。


 今度はヒアリがバッグからなんかビニールで出来たようなものを取り出して膨らませ始めていた。


「んで、ここから上がる方法は」

『ウィウィ』

『ヒアリさんの浮遊能力を使います。しかし、それだけでは上昇できないので、風船を使って登ります』


 マルの通訳と同時にヒアリがどんどんガスを風船に入れて膨らませ始めていた。なるほど。ヒアリが微妙に浮けるってことは自重が軽くなるとかそういう効果があるのか? ん、ちょっと待てよ。一人ならできるだろうけど二人でも可能なのか?


「これって――」

『ウィ!!』

『ヒアリさんに捕まった人の自重も軽くなることは事前に確認済みです。またどのくらいの風船と浮揚用気体を使えば上昇できることもすべて実証してあります。バカにするなだそうです』


 ミミミの文句をマルが通訳。すげーな、全て準備万端ってことか。さすが工作部である。

 とりあえず帰れそうなので俺は大きくため息を付き、


「やれやれなんとかなったか……」

(帰るまでが危機ですよ)

「嫌なこと言うなよ」


 そんな話をしていると、


『おおい! ナナエは無事なのか!? ヒアリもそこ辛くないよな? 早く帰ってこいよ! 危ないんだから!』


 なにやら切羽詰った感じでハイリが声を上げていた。なんだまた落ち着かない状態になっているのか。どうしたんだよ。


『ウィ!』

『あいたっ』

『……すいませんハイリさんは落ち着かせましたので。実は先程先生から連絡がありました』

「先生……ね」


 俺はなにか嫌な予感を感じながら続きを聞く。


『英女が大穴に落ちた場合ほぼ間違いなく戦死するため、次の英女に入れ替わることになりますと言っていました』

「それはまあそうなんだろうけど、ヒアリならさておきナナエの能力は不死身だろ? ならもう英女が入れ替わることはないんじゃね」

『私達もそういいましたが、先生曰く、仮に不死身であっても長期間に精神的に追い詰められていくと、適正値が下がり、神々様の能力を使えなくなる場合があるそうです。そうなれば即死することになりますと』

「…………」


 俺は唖然として黙ってしまう。まあ説明していることは間違ってないし、事実をきちんと伝えてくるのは仕事をしているだけだ。

 しかし、この状況でわざわざ工作部やヒアリにナナエが死ぬ可能性とその後の話を振るか? やる気が減退するだろうが。


(さすがに先生といえでも許せません。ヒアリさんやミミミさんたちの気持ちを考えれば、このようなときに説明する必要などないんです)

「だな」


 あの先生とは一度シロクロをしっかりつけないとならんようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る