第159話 仕組まれてる?

『文句はいろいろありますが、今は脱出を優先します。今から言うとおりに従って――』

『ウィウィ』

『直接話すんですか?』

『ああ。変わってくれ』


 ここでミミミが素の口調で会話に割って入ってくる。


『いいか。今回の破蓋の攻撃、どうにも気に食わねえ』

「相変わらず可愛い声して汚い喋り方をするやつだな……」


 ギャップがひどすぎて思わず突っ込んでしまった。


『うるせーよ。お前に言われたくねえわ。まあいい時間がねえ。とりあえず携帯端末をヒアリに渡してくれ』

「なんでだよ」

『いいから早く渡せっつってんだろ』


 攻撃的な口調のやつだなぁ。こういうのは底辺現場で慣れっこだから別にいいんだが。よくわからんがヒアリにナナエの携帯端末を預ける。


『ヒアリ。さっき説明したとおり頼む』

「はーい」


 ここでヒアリは大きく息を吸い込んだあと、


「旅ゆけば~♪ 山の男と海辺で出会い~♪ その道標を信じて~♪ 夜の雑踏を踏み抜く~♪」


 いきなり大声で歌いだした。なにこれ? 俺は困惑しながら、


『なんで演歌? ヒアリが歌うならもっと可愛いのにしてくれよ』

(演歌ってなんですか)

『今歌ってるやつ』

(これは神歌です。我が国に古来から伝わる伝統的な歌ですよ)

『相変わらず何でもかんでも神ってつける国だな、本当に。で、これは一体何なんだ』


 俺がワケワカランというとミミミは、


『こいつは偽装だ。順を追って話すぞ。まず今回の破蓋の攻撃は気に入らねえ。一連の破蓋の動きを追っていくと、計算されすぎてんだよ』

『それは俺も感じてる』

(私もです)


 俺とナナエも同意する。広域散布式の殺虫缶破蓋。その正体が偽装されていた。殺虫剤の散布後に工作部を連れて大穴から脱出しようとするヒアリを妨害したスパナ破蓋の行動。わざわざ俺を大穴の底に連れ込もうとした殺虫缶破蓋。

 誰でもいい。英女か工作部の誰かを確実に仕留めようとしている。綿密な作戦が立てられそれを指揮しているものの存在を感じる。

 そして、今回の破蓋の浮上でまるで誰かが死ぬのを確実視しているかのような先生の言葉。


『どうにも先生と破蓋になにかのつながりがある感じがするな』

(……認めたくはありませんが、ここまで来ると私も否定できません)


 ナナエも同調する。手放しで認める感じではないが、今までの不信感と情報を集めると否定出来ないんだろう。


 ミミミは続けて、


『あたしも同じ考えだ。先生が破蓋に入れ知恵かなにかして動かしてきてる。今までの英女が戦死した記録を洗いざらい調べたが、こっちの弱点や不備を狙い撃ってきてやがる。こっち側の情報を知っていなければ不自然だ』


 思えばミナミが死んだときも電動シェイバー破蓋が頭の部分と本体が別々の破蓋が合体していて、完全に不意打ちを食らわされ、その結果悲劇が起きている。しかも、大穴の改修作業をやっているという英女が戦いにくい状況でだ。


『だが、単に情報を流しているだけじゃ納得がいかねえところがある。まるで現在進行系であたしらの動きを把握していなきゃおかしい破蓋の行動もあった。それで思い当たったのが――』

「携帯端末か」


 俺はピンと来た。ミミミはそうだといい、


『常に電源は入ったままで身につけているものが、その端末だ。しかも外部との通信も可能になっている。常にあたしらの情報を得るにはうってつけのものだ。集音機能で音声まで聞かれるとやばいからヒアリには携帯端末越しで歌ってこっちの話が聞こえないようにしてもらってんだよ』


 ふと見たらヒアリは歌いながらもう一回!もう一回!とアンコールをしてOKと答えるという一人小芝居をしていた。かわいいなもう。

 ここで俺はあることに気が付き、


「でもここから電波はそっちに届いてなかったぞ。なら大丈夫じゃないか?」

『つながってない? ちっ、そこまで手が込んでやがるのか。そこから大穴の第6層までは距離はあるが、遮蔽物はないから電波は届くんだよ。ヒアリに降下してもらっていたときも通じるか確認させてある』

(ま、まさか先生が携帯端末の電波が届いていないように偽装を……?)


 驚愕するヒアリの言葉をミミミに伝えると、


『それも遠隔操作でな。まんまとハメられたってところだ。とはいえ、まだ詳しい解析はできてねえ。なので確証はねえが、すでにこっちの居場所や状況は掴まれている可能性が高い。そうなると――』

「もしヒアリとともに浮上を始めたタイミングで破蓋が襲ってくる可能性があるってことか……」

『ウィ』


 ミミミは不機嫌な声で肯定する。今は鉄骨の上だからギリギリ戦えるが、もし浮かんでいる最中に襲われれば、抵抗は困難だ。しかし、このままここに残り続けるのも消耗するだけ意味がない。

 またミミミは吐き捨てるように、


『危険だがやるしかねえ』

「携帯端末を捨てるか? それ以上情報を与えずに済むぞ」

『それも考えたが、状況が把握できなくなったからってやばい破蓋を送り込んできたら目も当てられねえ。逆に携帯端末からこっちに有利な偽情報を送り込んで、先生の動きを上手くこっちが有利になるように誘導するのが一番いい。とはいえできることは限られてるけどな。あとこっちが先生を疑っていることを先生に知られたくない。何をしてくるかわからねぇからな。端末を捨てたりしたら疑われる恐れがある』


 面倒くせえ……話を理解するのだけで疲れてくるわ。

 とはいえ、まとめると結局帰るだけだな。

 通信機の相手がマルに代わり、


『ヒアリさんもう歌は結構ですよ』

「あーん、いいところだったのにー」


 なんかノリノリになっていたヒアリが残念そうな顔をする。

 マルは続けて、


『ナナエさんはヒアリさんにしがみついてください。そこから風船の浮力とヒアリさんの能力で二人の身体を軽くして浮上します』


 これでは襲われたら手の足も出せない状況になる。しかし、他に方法がない。

 ここでヒアリは手を開いて、


「ナナちゃーん、おじさーん。おいでー」

「できるか!」


 抱きつけと言われたが無茶すぎる。とっさにナナエに交代させようとしたが、


(私ではこの温度には耐えられません。極めて不合理で不愉快ですがおじさんにお願いします)


 そう丸投げされてしまった。おおう……しかたねえ。


 俺はヒアリの身体にしがみつくと、


「すまん。大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。平気だよー。じゃ、上に向かっていくね」


 ヒアリは風船にすべてガスを入れてふくらませる。3つぐらいのバルーンが出来上がり、それが徐々に浮上し始めた。

 ほどなくしてヒアリと俺の身体が少しずつ上に向かって浮き上がっていった。


(不安定すぎてゾッとしてきました)


 徐々に離れていく鉄骨とマグマの海を上から見下ろして、ナナエが震え声を出した。

 ゆっくりとだが、俺とヒアリは最深観測所あたりまで昇ってきた。これなら一時間もあればいけるだろう。


 さて、ミミミの予測が本当ならここらで――


「なにか来るよ。神々様が気をつけてって言ってる!」

「やっぱりきたがったか…!」


 大穴の底の方をみると、かなり巨大な破蓋がそこそこのスピードで浮上してきている。三枚羽でグルグル回っているタイプだ。


 ナナエが目を凝らして、破蓋の正体を確認しようとしている。


(扇風機ですか? 前に遭遇したことがあります)

「いや……」


 むき出しの換気扇の回転する羽。これはどう見ても、


「換気扇だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る