第137話 おもちゃ戦艦破蓋4

 ……何がどうなったんだ。呆然と俺は立ち尽くしている。

 俺は真っ暗闇の中にいた。何の音も聞こえない。一体ここはどこだ? 確か突然おもちゃ戦艦破蓋がうねりだして俺たちに覆いかぶさってきたのまでは覚えているんだが……


(おじさん、大丈夫ですか?)


 脳内に響き渡ったのはナナエの声だった。俺は試しに右手を握ったり、軽く体を動かしてみる。どうやらさっき押しつぶされそうになったときに反射的に俺とナナエの身体の主導権を入れ替えてしまったのだろう。何も言わずに入れ替えができるとか俺の役目も定着しすぎだな。


 俺はしばらく身体をさすって、深呼吸をしつつ、


「傷一つない。全く問題ないな。真っ暗なだけで危ない場所ではなさそうだ」

(それなら戻してください――いえ、やめておきましょう。状況がわかるまではうかつに動かないほうが良さそうです――)


 とか言っている瞬間だった。

 突然辺り一面に昼間のような明るさになる――かと思ったら今度は夜空になった。なんだこりゃ。

 俺が困惑しているとナナエが、


(おじさん? どうしたんです?)

「いや突然明るくなったり夜空になったりとよくわからない感じになってるだろ」

(……私には何も見えません)

「え」


 この夜空は俺にしか見えてない? 基本的に俺とナナエは寝てでもいないかぎりは視界を共有しているはずなのにどういうことだ?


 そんな事を考えている内に、俺の視界の前に広がっているのが夜空ではないことに気がついた。密集した星の集まりである銀河、巨大なガス星雲、星で構成された果が見えない川……これは夜空なんてもんじゃない。宇宙そのものが視界に広がっている。


「――――っ」


 ここで俺の頭に小さな衝撃が走ったかと思えばまた見えるものが変わる。

 小さな光。

 それが弾ける。

 それが人になる。

 また弾ける。

 今度は犬になる。

 次々と光が弾ける。

 石になる。水になる。川になる。空気になる。ガスになる。木になる。


 ――従え――


 またあの声が聞こえた。なぜかわからないが、とても理解して納得できて共感してしまう言葉。


 数多くの光が弾けては別のなにかに変わっていき、やがて出来上がったモノや生物が構成されて世界が構築されていく。

 一つの世界が出来たら、また別の場所で光が弾けまくり、また一つの世界ができる。光は一時的に減るが、すぐにどこからともなく湧いてきて、また弾けはじめて世界が構築されていく。


 なんだ。これは――いや、俺はこれが何なのか本能で理解している。


 ――そして、抗え――


 その言葉と同時にまた大きな宇宙空間に戻る。さっきまでの雄大さとは違い、星が激しく動き回り、空間そのものが激しく歪んでうねっている。まるで怒りに満ちているかのようだ。


「――ははっ」


 俺は思わず乾いた笑い声が出てしまった。そうか、何がなんだかわからないが、本能というか、俺の本質の部分がすべてを理解してしまっている。


(おじさん?)


 ナナエは俺の様子がおかしいと察知して声をかけてきた。

 俺はしばらく乾いた笑いを続けていたが、頭をかきあげて、


「すまねえ。どうやらミミミの言っていたとおり、俺は破蓋らしい。なんでこうなったのかはよくわからねーけどな」

(……急に……どうしたんですか)


 混乱気味のナナエを放っておいて俺は続ける。


「どうやら破蓋がやっていること、そして、破蓋が言っている『従え、そして、抗え』っていうのはとても正当なことらしい。常識的かつ理性的に考えればその言葉に従い、連中側につくのが正しいことだと、さっきから俺の頭か心かわからないものがずっとこう言い続けてる」

(おじさん……?)

「こいつらと一緒にいけってな」


 俺がそう言うと、


(……なにを…何を言っているんですか! そんな言葉に耳を傾けてはいけません! だって、おじさんはずっと今まで……!)


 急にうろたえ始めるナナエだったが、逆に俺のほうが困ってしまい、


「あん? 何だお前、いつから俺が理性的だと思ってたんだ?」

(…………あ)


 やっとナナエは理解したようだ。そうだよ、俺は理性的なんかじゃない。嫌なことがあったらすぐに逃げ出したし、それが悪いことだとも思ってない。努力して大変な思いをすれば問題が解決できるかもしれないが、疲れるのは嫌だから適当に済ませる。面倒くさけりゃやらないし、必要のあることを最小限にさっさとやるだけ。


 そんな奴が「理性的に考えれば正しいこと」に従うかといえば?


「お断りだよ」


 俺は宇宙めがけて言い放つ。


「いいか? お前らの言っていることは正しいようだが、あいにく俺は面倒くさいことはしないって決めてんだ。あともう一つ。お前らがここで何をしたかわかってるか? ミナミの命を奪った。ヒアリの足を動かなくした。そして、こいつを泣かせた!」


 そしてありったけの叫び。


「そんな奴らのやることに従ってついていけだって? どんなに待遇がよくても絶対にお断りだ!」


 そうだよ。破蓋の奴らはさんざん俺にひどい目を合わせてきた。しかも、ナナエやその仲間もたくさん傷つけ続けてな。そんな奴らのところに誰が行くってんだ、帰れ帰れ。


(おじさんっ……)


 なにやらナナエが感極まっているらしいが、それは後回しにしておく。

 

 急に宇宙がぐるぐると混ざるように回転を始めた。どうやらそれどころじゃなくなってきたからだ。

 そして、破蓋からの言葉が帰ってきた。


 ――なぜだ――

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