第36話 不死身の必殺技

 浮上してくるガスコンロ破蓋に向かってナナエは手榴弾を投げつけまくる。これはもし弾薬が足りなくなったときに備えて第1層の陣地に保存されていたものだ。さっきの破蓋がぶっ放しが炎で大半が焼けてしまっていたが、こいつは運良く残っていた。


 神々様の力で強化されて威力が高まった手榴弾が次々に破蓋の頭上で破裂しまくる。身体の芯まで染み渡る痛さすら感じる轟音で破蓋の身体を傷つけていくが、核が無事なのですぐに再生してしまう。

 そうしているうちに、ガスホースがすぐさま向かってきた。しかし、ナナエはあえて避けない。


「お願いします!」

(任せろ!)


 ナナエから俺に身体の主導権が変わる。そして、そのまま破蓋のホースで薙ぎ払われてふっとばされる。


「いってえ……」


 殴られたあと更にバランスを崩して階段を転げ落ちてしまい、痛みが倍増してしまった。

 しかし、これも作戦の範疇だ。さっきは俺がふっとばされて動かなくなったときに、破蓋はあの火炎放射攻撃をしてきた。なら今回も同じはず。


 その読みは正解だった。破蓋は少し下降すると、ガスホースを壁に突き刺し、何かを吸い込み始める。同時に破蓋の一部が大きく膨らみ始めた。恐らくあそこに火をぶっ放すためのガスみたいなものが詰まっている。

 狙いはそこだ。


「かかった!」

(はい!)


 痛みが引いたタイミングと同時にナナエに身体の主導権を返す。そして、対物狙撃銃で破蓋が壁からホースで吸い込んだ何かを溜め込んで膨らんでいるところに照準を合わせた。

 そして、発砲――する寸前に、突然壁からガスホース抜かれ、ブシューと一気に溜め込んでいたものが放出される。


「そんな!」


 ガスコンロ破蓋の予想外の対応にうろたえつつもナナエは発砲した。しかし、破蓋の膨らんでいた場所を撃ち抜くもののただ貫通するだけで何も起きない。

 そうしている間にまた破蓋はガスホースをこちら側に向けてぶつけてきたので、即座に大きく飛び跳ねて避ける。


(こいつ……まさかこっちの作戦が見破られてんのか!?)

「あるいは自分の攻撃の欠点を理解している可能性も考えられますねっ!」


 ナナエは発砲しながらガスコンロ破蓋の周りの階段を走り回る。途中で弾が尽きたのでポケットから新しい弾倉に交換するが、


「まずいですね……このままではこちらの弾が尽きます。しかし、上から補給を持ってきてもらうわけにもいきません」

(でも今更作戦変更している暇はねーぞ)

「それもわかっていますがっ――」


 目前でホースが壁に打ちつけられ、破片が飛び散る。その細かい破片の一つがナナエの顔をかすめて頬が切れ血が吹き出す。


(変わるか!?)

「いえ、この程度の痛みなら大丈夫です!」


 ナナエは戦闘服の袖で血を拭うと腰に付けていた最後の一つの手榴弾を破蓋めがけて投げつけた。激しい破裂音とともに衝撃で破蓋がやや下降する。


 そのスキに少し上の方に飛び上がり破蓋と距離を取ろうとした。

 だが、破蓋は間髪入れずにまた白いホースをこちらに向けてくる。飛び上がった状態だったので上手く避けられそうにない。

 しかし、これはチャンスでもある。


(他にもう作戦もねえ! もう一回やるぞ! 代われ!)

「はい!」


 破蓋がこっちの作戦に気がついているかはっきりしないが、今はもうこれしかない。死んだふりをしてあの破蓋に火炎攻撃をもう一度撃たせるように仕向ける。


 空中でホースに俺の身体がぶつけられて弾き飛ばされた。

 壁にあたってその下の階段まで落ちる。しかし、今回は打ちどころがよかったのかさっきより痛くない。身体の損傷も少なくあっという間に直った。


 これを逃す手はねえ。

 死んだふり、死んだふりっと……

 

 俺は階段の上で突っ伏したまま動かない。ダメージが深刻なふりをしておけば……

 そう考えていたのは甘かった。


「げっ!」


 動かなかった俺に対して破蓋は容赦のない追撃を仕掛けてきた。倒れた状態だったので全く避ける暇もなく白いガスホースで壁に叩きつけらる。


 さらに何度も何度もガスコンロ破蓋のホースで壁に打ちつけられた。本当に死ぬまで、絶対に立ち上がれなくなるまでというように。

 いつまで続いただろうか。意識が朦朧となりもう声も出ない。痛みのせいとかではなく肺も喉も完全に潰されて出しようがないのだ。


「あ……か、あ……」


 数え切れないほど叩き潰されて俺は階段に突伏する。大量の出血が階段を伝って大穴のそこに垂れていった。

 くっそ、口から血どころか内蔵までこぼれ出ている感じがする。全身ぐちゃぐちゃのバラバラだ。頭が潰されて視界もはっきりとせず、鼓膜もイカれているせいで音も聞き取れない。

 痛みは我慢してやるから身体の機能は早く治れよ、ちくしょうめ。これじゃ破蓋の動きが全くわからねえ。

 とか思っている間に、徐々に視界も聴覚も復活し始める。だが、今までとは比にならないダメージを受けているせいか、治るのに時間がかかっているみたいで、身体はまだ動かせない。

 ギリギリ首だけ動かして破蓋の方を見るが、さっきまでいた場所にはいなかった。階段から下の方に視線を向けるとやや下降している。さらに白いホースを壁に挿して何かを吸い上げ始めている。

 もうすぐさっきと同じ大火力の攻撃が行われる。急がねえと――

 この状況にナナエも声を張り上げて、


(このままでは攻撃されます! 早く私に身体を戻してください!)

「ダメだ! まだ段違いの痛みが残ったままなんだぞ。お前に戻しても動けなくなるだけだ!」

(しかし、このままではさっきの攻撃をされてしまいます! ここであれを撃たれればまた窒息して動けなくなり、その間に破蓋に大穴の外に出られてしまいます!)


 そうナナエはもう悲鳴に近い声を上げる。

 わかってる。わかってる。俺に破蓋を倒す力なんてないなんてな。

 だが。


「俺だって痛てえの我慢してジャンプすることぐらいはできるわっ!」


 俺は大激痛に耐えてそばに落ちていた対物狙撃銃を持ち、まだボロボロの足腰を踏ん張って、階段から強引に破蓋めがけて飛び降りた。

 このガスコンロ破蓋は電動シェイバーのものとは違って平べったくてサイズも大きい。なら当てずっぽうにとんでもその上に降り立つ確率は高い。

 しかし、万一上に乗れなかった場合、最悪そのまま大穴の底めがけて落ち続けることになる。そうなれば、俺はどうなるかわからないし、破蓋も悠々と大穴の外に出るだろう。


 俺は神様に祈る。

 ミナミが死んだ。

 ナナエは仲間を失って泣き叫びたいほど苦しんでいる。

 俺も破蓋に殴られまくってズタボロだ。

 

 これだけの痛みを食らってんだ。本当に神様ってのが実在するのなら、このあてずっぽうを当ててくれてもいいよなっ!


 ――――


 俺の全身に衝撃が走る。まだ痛い身体にさらに痛みが重なる。

 

「……へへっ、初めて神様に感謝したくなったぜ」


 足元にはガスコンロの破蓋がいる。運任せの飛び降りジャンプが成功してその上に今降り立っている。

 その破蓋の一部はガスホースから吸い上げられた何か――まあ多分ガスみたいなものだろう。それを溜め込んで膨らんでいた。

 俺はそこに対物狙撃銃を銃口を突きつける。流石にこの距離なら俺でも外すことはねえだろ。


「不死身の必殺技って知ってるか?」


 俺は破蓋めがけてそう言い放った。


「――相打ちだよ!」


 ガスが溜まったところめがけて俺は発砲した。


 瞬間。

 俺の意識が消し飛ぶぐらいの大爆発が起きる。半端ない衝撃と熱が全身を引き裂いた。

 ガスコンロといえばガスを使って火をつける。そのガスが漏れて、気が付かないまま煙草を付けて部屋ごと爆発なんていう事故は何度かニュースで見ていた。なのでこいつも同様にガスを溜め込んだ瞬間を狙ってそこを銃で撃ち抜く。そうすりゃガス大爆発が起きるはずだ。なんせあれだけの大火力を発生させるんだから、身体の中でそれが一気に爆発したら核がどこにあろうが関係ない。破蓋の身体全部が木っ端微塵に吹っ飛んで終わりだ。


 なによりもこの作戦ができるのはナナエの持っている能力があってこそ。普通の英女ではこれだけの大爆発に巻き込まれれば確実に死ぬ。だが、ナナエは死なない。


 不死身の必殺技。それは相打ちだ。自分を巻き込む一撃を噛ましても死ぬのは相手だけだからな。全く最強としかいいようがない能力だよ。


 ――爆発でなにがなんだかわからなくなってきた。身体がどこかに投げ出されるような感覚になり、やがて俺の意識も途絶えた。

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