第33話 理性的じゃないことに感謝
「この!」
ナナエはひたすら破蓋に向けて発砲を続けていた。しかし、破蓋はビクリともせず黙々と上昇を続けてきている。
すでに破蓋は第3層寸前にまでたどり着いていた。ここは近接戦を行いやすいように壁から広く足場が設置されているので、そこから下から浮上してくる破蓋を狙撃している。
電動シェイバーの破蓋と違い、かなりサイズが大きく見るからに重そうだ。そのため威力の大きい対物狙撃銃で何発撃ち込んでもピクリともしない。
俺は破蓋の姿を確認する。こいつは新型だから核の場所から攻撃方法まで全くデータがない。しかし、元がなんなのかわかれば多少こいつのことが予測できるはずだ。
平べったい金属みたいな灰色の物体。上部には途中で折れ曲がった金属が円を描くように配置され、真ん中には丸い形状の何かがある。その中心には穴が空いていた。
側面にはひねりたくなるようなツマミがついていて、反対側の側面には白いひも――ホースっぽいものが垂れ下がっている。
くっそ、頭に血が上っているせいかあれがなんなのかわからねえ。何処かで見た気がするのは確かなんだが……
「あっ!」
次の瞬間、破蓋の側面から伸びている白いホースがこちらめがけてうねりながら襲い掛かってきた。ナナエはとっさに飛び跳ねてそれを避ける。どうやらヘアブラシの破蓋同様に触手みたいな攻撃方法をしてくるらしい。
ナナエはそのまま大穴を落ちて破蓋の上に降り立ち、対物狙撃銃の柄で思いっきり破蓋の上部を殴りつける。しかし、ガンガン派手な音は鳴るが全くダメージを与えられている気がしない。
「こいつ硬いです!」
(こりゃ簡単には壊せそうにねえな!)
次の瞬間、破蓋が白いホースを振り回してぶつけてきたので慌てて、壁際の階段に飛び移る。
間髪入れずにまたホースが襲ってきたので階段を駆け下りて避けた。派手にホースが壁にぶつかり爆音とともに土煙が上がる。ただの人間なら、あれに当たったら一撃でお陀仏だ。
ナナエは階段を降り続けて破蓋の下部を見上げる位置に移動する。しきりに破蓋の細部に視線を送っているのを見ると核を探しているのだろう。しかし、どこを探してもあの真っ赤な色をした核が見当たらない。
そうしている間にまたホースが襲い掛かってくる。ええい、鬱陶しいな。
ナナエは今度は階段を駆け上がり破蓋の側面を確認する。だが、やはり核はない。
「どうやらこの破蓋は核が完全に体内に埋没している形状ですね……!」
(厄介なのか?)
「はい、新型の埋没となると場所を手探りで確認しなければなりません。当然時間もかかりますし危険性も増します。おじさんはあの破蓋の形状に見覚えはありませんか?」
(すまねえ、まだわからねえ。もう少しで出てきそうな気がするんだが……)
俺は苦悶する。ううむ、なんだったか。もうちょっと気が落ち着いたらわかる気もするんだが……
ナナエは一旦立ち止まり破蓋に向けて対物狙撃銃を乱射した。核に当たれば儲けものという感じに全身に撃ちまくるが、身体が硬すぎてほとんど弾き返されてしまう。一部分側面にやわらかそうな部分があり、そこは銃弾が貫通するがすぐに修復されてしまう。あそこには核はないようだ。
ナナエは怒りに染まった声で、
「正直、さっきから私も堪忍袋の尾も頭の神経も切れまくりです! 完全に冷静さを欠いていると自分でも分かる状態ですが、おじさんも大人なら少しは止めようとか思わないんですか!?」
(お前、大人がいつも冷静だと思ってんの? 特に俺は底辺で生きてきた人間だぞ。そんな冷静さなんて持ち合わせていねーよ)
俺は平べったい破蓋を睨みつけて、
(ちょうど合法的で誰も文句も言われずにぶん殴れる相手がいるんだ。こんなチャンスで冷静とか言えるか。危なくなったらいつでも代わってやるから存分に暴れてやれ!)
「今はおじさんが理性的な人ではないことに感謝しておきます!」
言われんでも理性的じゃない人間なのはわかってるわ。かといってここでブチ切れながらナナエを応援するだけってのもアホらしすぎる。とにかくこいつがなんなのか調べることに集中したほうがいい。
ナナエは再び破蓋の上に乗っかろうと大きく飛び上がった。
しかし、これがミスだった。ちょうど破蓋の上空に出た瞬間、目に入ったのはそこで待ち構えるようにうねっていた白いホースだ。そして、一気にこちらめがけて襲い掛かってくるが、こちらはまだ着地できてない状態なので避けようがない。
しくじったとナナエは唇を噛み、
「お願いします!」
(任せろ!」
すっかり慣れてしまった連携によりナナエから俺に身体の主導権が変わる。
――ほぼ同時に俺の身体に白いホースが直撃した。しかし、それで吹っ飛ばれずまるでホースにくっついたかのようにそのまま壁に打ち付けられる。
ド派手な轟音と砂煙が巻き上がった。
「いってぇ……」
背中から壁に叩き潰されて俺は階段の上に倒れ込む。痛え、背骨どころか上半身の骨がバラバラに砕かれた感じだ。苦悶の声を上げることすら辛い。
俺は激痛で動けないままなんとか目を開く。すると破蓋のホースはスルスルと大穴の下の方に降りていっていた。追撃してこないのか?
しかも、破蓋本体も下降している。ずっと浮上するだけの連中なのに何を企んでんだ。おまけにズゴゴゴと変な音まで聞こえてきた。
その破蓋の動きにナナエも何か感じ取ったらしい。
(まだですか!?)
「ちょっと待て……かなり効いてるから今戻したらお前動けなくなるぞ……」
(破蓋が追い打ちをかけてこなかったのが気になります。穴の方によることはできませんか? 動きを確認したいんです)
「無茶を言いやがって……」
俺は腕だけでズルズルと階段の端に移動して、下の方を覗く。
「おい、ありゃ何をやってんだ……?」
(わかりません……!)
そこでは破蓋の側面から垂れ下がったホースが大穴の壁に突き刺されている。ホースが太くなっていて、さらに本体の一部のやわらかそうなところが大きく膨らんでいる。もしかして何かを吸い込んで腹の中に溜めているのか? あと側面についているツマミみたいなものがゆっくりと回り始めていた。
観察している間に身体が治り痛みも引いたので、
「よしもういいぞ」
(はい!)
ナナエに身体の主導権を返した。すぐさまナナエは破蓋のホースに殴り飛ばされた後気に手から離れて傍に落ちていた対物狙撃銃が無事か確認し始める。
俺は破蓋の方を確認し続けてその正体を探る。
にしても、あの破蓋の上部に設置されている折れ曲がって円を描くように配置されている6本の何かを見るたびに、なぜかヤカンを置いてやりたくなる衝動に駆られるな……
……ヤカン?
俺はここでようやくこの破蓋の正体に気がついた。掃除が簡単だからといって長らくIHクッキングヒーターを使っていたからその存在を忘れかけていた。
(おい……あれ、もしかしてガスコンロじゃねえか!?)
「ガスコンロってなんですか!」
(ヤカンとか鍋でお湯を沸かしたり料理したりするやつだよ! お前の部屋にもあっただろ!」
「気体燃料加熱器――!?」
ここでツマミが完全に回りきった。その瞬間バチバチと破蓋の上部の一部に静電気のような光が走ったかと思った瞬間――
(代われ――)
「――はい!」
もはや直感だけで身体の主導権を入れ替えた。まだ攻撃されたわけじゃなかったが、とんでもない攻撃が来る予感がしたからだ。
すぐに破蓋の攻撃が始まった。正直最初何が起こったのかわからなかったが、すぐに全身がひどい熱気に包まれる。
「――――――――――――――――――――!」
俺の喉が潰れる勢いで悲鳴を出してしまう――いや実際に潰れてしまったのか悲鳴を上げているつもりでも声が出ていない。
何が起こったのか最初はわからなかったが、すぐに気がついた。炎だ。それも大穴全体を埋め尽くすレベルの巨大な火柱が破蓋から発射されて俺を焼き尽くそうとしている。
それはしばらく続いたが、やがて止まった。俺は真っ黒焦げの状態で階段にがっくりと膝をついてしまう。
すんでのところで俺と入れ替わっていたナナエが、
(ギリギリでしたね……)
俺は熱いわ!
(無事なら早く戻して下さい!)
いやまだ全身やけどでヒリヒリ……ん、なんだなんかおかしいぞ!
(どうしたんですか!?)
おかしい、てか苦しい。な……んだこれ……!
俺はしきりに喉をかきむしる。声が出ない。全身が焼き尽くされたからか?
いや違う。声が出ないだけじゃない。
息ができてない。
なんだ、なんだこりゃ、苦しいどころか呼吸できずに窒息した状態みたいで辛い!
(息が……できない? そんな……どうして……)
ナナエも困惑しているようだが、俺はそれどころじゃない。すぐに英女の力で復活しているようだが、空気がないんだからすぐに窒息死している。
今、俺は無限に窒息死しているってことだ。拷問か!
ここで少しそよ風を感じる。今度はなんだ……脳に酸素が回らねえから考える力もねえ……
(そうか、わかりました! さっきの炎による攻撃この一体の酸素が全部消費されてしまったんです! あれだけの規模ならそうなっても不思議ではありません!)
いやちょっと待て、それがわかったところで一体どうしろと……
相変わらず声が出ない状態だったが、ここでまたしても破蓋の白いガスホースが襲い掛かってきた。待て待て待て、こっちは窒息死しまくってんだぞ、少しはこっちの事情ってものを考えろや。
どうすりゃいい!?
(上に行って下さい! 入り口の方から空気が流れ込んでくるはずです! ここで耐えてもそのうち戻るかもしれませんが、その前に破蓋に叩き潰されるだけです! 今は離れたほうが懸命です!)
こちとらさっきから苦しいままなんだぞ!?
(いくらおじさんが出来が悪い人間だといっても上に飛ぶことぐらいはできるでしょう!?)
くそったれ、簡単に言いやがって!
俺は喉を手に当てながら思いっきり上に飛び跳ねた。そして、階段を登っていく。
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