第32話 使命
ナナエはひたすら上へと飛び上がり続ける。階段をいちいち一弾ずつ登らず大穴を垂直に飛び上がっていく。
すぐに第3層の足場の広いところにたどり着いたころで、上から声が聞こえる。
「……ミナミさん! ミナミさん!」
ミナミの声じゃない。女子の誰かがミナミの名前をしきりに読んでいる。
嘘だろ勘弁してくれ。
俺は心の中でそう念じる。ナナエも焦ったように更に上を目指した。
しかし、辿り着いた先にあったのはひどい現実だった。
「ミナミさん! お願いだからしっかりして!」
ナナエは第2層の途中の階段に降り立った。
そこでは数人の女子生徒が叫び続けている。その視線の先にはミナミがいた。
その姿は戦闘服が血まみれだけでは済まず足元にまで血溜まりができているほど凄惨なものだった。しかし、一番驚いたのはまるで今にも歩き出しそうな状態で大穴の壁に手をつき、階段を下っている姿勢のまま立ち止まっていたことだ。
……ミナミは破蓋を倒したあと、傷ついたまま下に向かっていた。恐らくナナエと合流するために。
女子生徒たちはどうしていいのかわからなかったのか。ただ少し離れているところから叫んでいた。
くそっ。やっぱり神様なんている気がしねえ。ここまでしようとしているミナミだぞ。サービスで命の一つや二つ分けてくれたっていいだろうがっ。
ナナエはミナミのところに近づき、そっと首に手を当てて、状態を確認した。だがすぐにやめて、
「絶命しています」
「そんな……」
女子生徒たちは絶句してしまう。
「ごめん……ごめんなさい……私達をかばってこんな……」
「謝らないで下さい」
ナナエはあくまでも冷静な声で言う。
「ミナミさんは英女としての使命を見事に果たしたんです。誰の責任でもなく、私達は私達のやるべきことをやったまでです。ですから、みんなは胸を張って欲しいです」
でも俺にはそれがただのフリだってわかる。こいつの視線は潤みかけてしかも動揺してふらつきまくりだ。普通の精神状態じゃないのは明白だ。言っていることもどこかあやふやだしな。
……ついでに俺もな。
ナナエは立ったまま息絶えているミナミの身体を抱きかかえ、
「もう、いいですよ。よくやってくれ……まし…た」
そう語りかけるとまるで糸が切れたようにミナミの身体が崩れ落ちる。ナナエの方も声が今のも消えて無くなりそうなほど弱々しい。
が、ここでまたしてもスマフォが鳴り響いた。先生からだ。ナナエはすぐに着信ボタンを押す。
「……はい」
『ハシラトさんの状況はどうですか?』
「破蓋は撃破できています。しかし……」
『……そうですか。残念です』
先生の冷静すぎる口調に俺は内心ざわめく。仲間が死んだってのにあまりにも冷静すぎやしないか? いやしかし、ここで指揮している立場の人間が動揺しまくってもそれはそれで困る。ああクソ、俺も混乱の極みだ。
しかし、その次に先生が告げてきた言葉はそんな俺の混乱を完全に消し飛ばした。
『大変な状況ですが、それでも言わなければならないことがあります。敵です。さらにすでに第6層に到達しているため緊急を要する状況です』
「!?」
(……は?)
ナナエは理解できないと困惑し、俺も間の抜けた声を出してしまう。
破蓋が現れたってどういうことだ。さっき二体も倒したばかりだぞ。しかも、第6層にもう到達? 監視所はどうした、なんで気が付かなかった。
あまりに想定外の状況にナナエは肩を震わせて、
「……どういうことでしょうか」
『第6層直下の監視装置の映像を解析する限り、最下層で確認されたものと同じものと思われます。恐らく破蓋は二体――いいえ、三体同時に浮上し、その後、浮上速速度の早いものと遅いもので別々に浮上してきたと考えられます。最初に計算した到達予想時間も一致していますので』
「…………」
ナナエは肩を震わせている。
『一日に三体同時出現、二体が一体に偽装している。明らかにこちらの監視を逆手に取った攻勢――全て今日の破蓋の浮上は前例のないことです。大変な事態ですが、あなたが最後の盾です。どうかよろしくお願いします』
「……はい。わかってます。自分の使命、今回も全うしてみせます」
そこで通話を終える。
そして、ミナミの亡骸を泣きじゃくる女子生徒たちに差し出し、
「申し訳ありません。ナミさんをお願いします」
「ミチカワさん……」
「私はやることができました――からっ!」
手渡したあとナナエはすぐに大穴の下に向かって飛び降りた。
声だけ聞いてもわかる。その表情は怒り狂っていて完全に冷静を失っているものだ。
しかし、咎める気にはならなかった。俺も冷静さを完全に欠いているからだ。
最悪だが最悪のタイミングで破蓋がまたやってきたんだ。ミナミが殺された恨みつらみをぶつけられる先がな。冷静でいられてたまるかよ。
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