第31話 新型戦3
「装填します!」
ナナエは空の弾倉を捨てて新しいのをポケットから取り出そうとする。
しかし、破蓋は容赦なく襲い掛かってきたので、弾倉を持ったままそれを避けた。破蓋は勢いそのまま大穴の壁に激突した。
このチャンスを見逃さずナナエはすぐに弾倉を装填するが、ここで突然周囲に土煙が上がった。
「なっ……!?」
ナナエが顔に降り掛かってきた土煙に顔をしかめる。見れば、内刃むき出しの破蓋が壁に激突したため、激しい刃の振動により壁を削り取られている。それにより周囲に破砕された壁の破片が飛び散っているのだ。
予想外の展開だったが、ナナエはすぐに階段を後ろに飛び退いて距離を取ろうとする。
だが、それが仇になった。飛び退いた瞬間、破蓋がナナエの方に向いて襲い掛かってきたのだ。ジャンプしてしまっているのでこれでは避けようがない。
「すいませんお願いします!」
(仕方ねえな!)
すぐにナナエから俺に身体の主導権が渡される。
次の瞬間、俺の身体に電動シェイバーのむき出しの内刃が当たった。
「――あ、がっ」
ギリギリのところで身体を捻ってかわしたつもりだったが、脇腹に灼けるような痛みが走った。痛え!
俺は反射的に手を振り払う。すると偶然破蓋にぶつかり、英女のバカ力のお陰でふっとばされた。そんなに力を込めたつもりはなかったので、恐らくこの電動シェイバーの破蓋はあまり重くないのだろう。
しかし。
「あっつ、いて……」
階段にうずくまって脇腹を押さえる。なにか手に熱いものを感じるので恐る恐る視線を向けると真っ赤な血で染まっていた。そして、その手が抑えている脇腹は――うわあ見たくねえ。グロすぎる。
とはいえ、また破蓋が後ろから追いかけてくるはずだから俺は階段を上に向かって走り出す。とにかく傷が治るまで逃げ切って、その後にナナエに戻さないとならん。
しかし、破蓋は背中を追いかけてくるのではなく、ぐるっと俺の正面に回り込んできた。逃げ道を先回りしやがった。
仕方ないので痛む脇腹を抑えながら180度回って今度は階段を下り始めた。
だが、またぐるっと回り込んで正面に来た。素直に背中から来りゃいいのに余裕ぶっこいて嫌がらせでもしてんのかこいつは。
(おじさん、また方向転換してみてください)
「どうして――いや、わかった!」
意図を聞いている時間ももったいないのでナナエの指示に従って、また階段を登り始める。するとやはり破蓋は回り込んできた。
また降りる。また回り込まれる。
また登る。また回り込まれる。
意味がわからん。しかし、これを何度も繰り返すうちにえぐられた脇腹はすっかり治り痛みもひいていた。
「もう痛くねえ。返すぞ」
(はい!)
ナナエに身体の主導権を返す。すぐさま対物狙撃銃を構えて破蓋めがけて発砲する。しかし、やはり硬い内刃の部分にあたってふっとばすだけ。
きりがねえな。そろそろ打開策を考えないとジリ貧だ。
『ナナ……聞こえる?』
「ミナミさんですか!? そっちは大丈夫ですか!?」
唐突に入ってきた通信にナナエは器用に破蓋の突撃を避ける。
『う……ん、こっちは倒せたよ。みんな……も無事だから……』
「大丈夫ですか? 声に疲れが感じられるんですが……」
ミナミの声は妙に弱々しい。なんだろう嫌な予感がする。
しかし、ミナミは少し声を立て直し、
『はは。大丈夫だよ、ちょっと怪我しちゃったけど大丈夫だから。これじゃナナに怒られちゃうね……すぐにそっちに向かう……から』
「あまり無理はしなくていいです。こっちも私一人でやってみせます。ミナミさん一人にいい顔をさせたりはしませんよ!」
ここで通話が途切れた。ミナミのことは気になるが話しているんだから危機的状況かってことはないだろう。今はこっちの仕事に専念した方がいい。
さらに破蓋が迫ってきたので距離を取るべく、階段を駆け上がる。
俺は視界に入ってくる破蓋の姿を再確認する。むき出しになって振動している内刃。サイズはさほど大きくない。側面には電源をいれるためのスイッチがあり、そこが心臓部に当たる核。こいつを破壊する必要がある。
動作は単純でナナエが銃口を向けると即座にこっちを向くし、ナイフでも向く。
あの赤いボタンのところにナナエの一発が決まればいいだけなのにめんどくせえ野郎だ。執拗にこっちに頭を向けてくるせいで手こずりまくりだし。
俺はふとさっき執拗に破蓋が逃げる方向に回り込んできたことが頭によぎった。てっきりこっちの攻撃態勢に即反応するかと思ったが、本当にそうなのか? あのときはただ逃げていただけだ。攻撃なんてする気はなかったし、銃もナイフも向けていない。
あれの元が電動シェイバーなんだから、その用途を考えれるともしかしたらそうではなく……
俺が考えている間、ナナエは階段を駆け上がって破蓋から逃げ回る。
「どうかしましたか?」
(いやちょっとした手を思いついた――んだが)
「このままでは切りがありません。いいから言って下さい」
ここで破蓋が迫ってきたのでナナエは発砲して弾き飛ばす。時間稼ぎにしかならない無限ループだ。だんだんうんざりしてきたぞ。
俺は手短にナナエに俺の考えを伝えた。それにふむと頷いて、
「確かにおじさんの理屈はあっていると思います。やってみる価値はありそうですね」
(でも、これはただの推測だぞ。失敗したらお前の身体がミンチになっちまう)
「ミンチってなんですか」
(挽肉)
「それは冗談ではありませんね……ですが」
また寄ってきた破蓋を弾き飛ばし、
「やってみるしかないでしょう。どのみち私は死にませんし、痛みはおじさん持ちですから」
(気楽な事言いやがって、全く)
そう愚痴ってみたが、他に手はない。やるしかないだろう。あんまり好きじゃないんだけどな、この言葉。人手も足りないし時間も足りないブラック現場で言われていた言葉を思い出してしまう。
ナナエは階段の途中で足を止めて破蓋に向かって立つ。真正面に立つ形になるので破蓋は遠慮なく削り取ろうとナナエの「顔」めがけて飛んできた。
「変わって下さい!」
(任せろ!)
ここでナナエから身体の主導権を俺に渡してもらう。ナナエのままでもできる作戦だったが、失敗したらナナエが動けなくなってしまうため念のためだ。
「さあて……頼むよ!」
眼前に迫る破蓋を無視して、俺はスッとあさっての方向を向いた。はたから見るとキでも狂ったのかと思われるだろう。
しかし、破蓋もその方向に突然頭の向きを変えた。
――助かった、推測が当たったようだ。
あの破蓋がどんなに態勢を崩しても必ずこっちをむいてくるのが疑問だった。最初は攻撃を防ぐために硬い頭の部分を向けようとしていると思っていた。
しかし、それは本当なのかと考え、さらに電動シェイバーはどうやって使うのかを考えてみた。
電動シェイバーは髭を剃るものだ――つまり顔に向かってくる。こいつは銃口やナイフに向いていたんじゃない。ナナエの顔に向いていたのだ。銃やナイフを構えれば当然破蓋を見る必要があるので、勘違いしていただけだ。
だったら、顔をそむけてやればいい。
この予測は見事に的中した。破蓋は俺の目前で方向転換して今向いている顔の正面に向かおうと態勢を変える。つまり今は核のある側面が無防備にこちらに向かってさらされている。
「かかった!」
俺は顔の向きは変えずに視線だけで赤く輝く核に拳を叩きつけた。痛みが走るが、さすがに同じヘマはしたくないので軽くしておいたので拳が潰れたりはしない。
その途端、ブーンと耳障りな音を立てて振動していた内刃が停止する。推測パート2も大正解だ。あの核の場所はボタンで電源のオンオフのスイッチになっている。今は動いているんだから一発押してやれば内刃の動作が止まるってわけだ。
あとは簡単だ。俺が破蓋の方に顔を向き直すと破蓋も頭の内刃をこちらに向けて襲い掛かってくる。しかし、振動していない内刃なんで恐れるに足りない。掃除するときは止めて綿棒やティッシュで髭の残骸を取り除くわけだしな。
俺は一気に破蓋の内刃に掴みかかる。そして。力を込めて動けない状態にした。
「変われ!」
(はい!)
ここで身体の主導権をナナエに戻す。そして、ナナエは即座に腰のところにはめておいた短銃を取り出し、手を伸ばして破蓋の核に押し当てて、
「破却します!」
発砲した。それも何度も何度も弾が尽きるまで徹底的に撃ち込んだ。
それを続けているうちに核が銃弾に耐えきれず砕け散った。
そして、同時に破蓋――電動シェイバーの本体の部分は崩れ落ちるように崩落していった。
あー、上手く言ってよかった。推測が大外れだったら、ゴリゴリと頭を削られていただろうからな。想像しただけでゾッとするわ。
ナナエも少し息切れをしていたが、やがて大きく溜息をつくと、
「……破蓋の撃退完了です」
(おつかれさん)
俺はやれやれと、
(今回もなんとか乗り切ったか。毎度これでは身が持たないぞ。そのうち裁断されたりしそうだ)
「人の身体の中に勝手に住み着いているんですから、このぐらいはやってください」
(えー、痛いのやだー)
「駄々っ子ですか」
ナナエはそう言いながら上に向かう。ミナミの救援に行かなくてはならない。
が、途中でスマフォの着信音が鳴り響いた。先生からだ。
『破蓋の撃退、ありがとうございました。こちらでも確認できています』
「いえ私の務めを果たしたまでです。それよりもミナミさんの方はどうなっていますか? こちらに向かうと連絡がありましたが……」
『そのことで一つ問題があります。もう一体の破蓋の撃破は確認できていますが、ハシラトさんと連絡が通じません。状況の確認をお願いします』
「――っ!?」
ナナエの顔が一気に引きつるのがわかった。そして、すぐさま大きく飛び上がり上を目指す。
当然俺の心もひどく動揺していた。確かにさっきの声は弱々しいのが気にはなっていた。
冗談だよな? ただ通信機が壊れたとかそんなのだよな?
ただひたすら祈ることしかできなかった。
……でも、そういう祈りは通じた記憶がない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます