第34話 最終防衛線
「さ、さすがに窒息しながら走るのは……辛いなんてもんじゃなかったぞ……」
俺はがっくりと階段の上で両手をついて息を切らしていた。
ここは第一層の半ば。もう大穴の出口は目の前で、はっきりと外の青空が見えている。ここを抜かれれば地上で破蓋が大暴れすることになる。まさに最終防衛線ってやつだ。
外に近いのですでに竪穴の中には空気で満たされていた。上に登るときは無酸素状態になっていた下に向かってどんどん空気が流れ込んできてしまい、逆風の中を走る羽目になってしまった。おかげで窒息状態から解放されたんだが。
第一層についたときには十分に呼吸ができるようになり、今ではくたくたになっている程度に済んでいる。
「もう大丈夫だ。返すぞ」
(はい)
俺は身体の主導権をナナエに返す。
するとナナエは即座にスマフォをポケットから取り出して確認し始めた。
「大穴のあちこちに設置されている監視装置が破蓋の動きを分析しているので、その情報をこの端末から確認できます」
俺は画面を覗くと、破蓋と直球で書かれた物体が第3層辺りからゆっくりと浮上していた。しかし、上に逃げている間に追いかけてきたにしてはあまり動いてない。
ナナエは更に情報を確認し、
「どうやらちょっと前まで停止していたようですね。数分前からまた浮上を再開しているようです。恐らくさっきの大火力攻撃を行うと動けなくなるのかもしれません」
(あれだけの威力だからな。反動とか消耗とかいろいろありそうだからか。なんにしろ少し考える時間はできたってことか)
俺は一旦どうでもいいことを数えて頭の回転度を確認すると、
(ところでだ。俺は窒息しまくったおかげで少し頭が冷えたぞ。そっちはどうだ?)
「え、ええ……少なくとも力任せに殴っても倒せる事ができる相手ではないことは理解しました」
素直に頭に血が昇っていたことは認めないのがナナエらしい。
実際にナナエはまだ怒りが収まっていないのだろう。表情はきつく、眉間がピクピク動いているのが俺からでもわかる。
それでもついさっき共に戦ってきた仲間が殺されたばかりなのに、泣きわめくことも怒り狂って暴れることも押し留めて、少しでも冷静さを取り戻せるのはさすがだと正直に褒めてやりたい。
さて、破蓋がまた浮上を始めた以上、ここでただ待っている訳にはいかない。ここを突破されればもう下手をすれば世界が終わりなんだからどうにしかして食い止めなきゃならん。
俺は現状を口にするのを躊躇うが、そんな時間も惜しいと振り払い、
(あまりいいたくはないが、ミナミがいない以上戦えるのはお前一人だ。こういう状況に陥ったときは今までどうしていたんだ?)
ナナエはしばらく無言だったがやがて、
「できるだけ時間を稼ぎます。破蓋を撃退できるのならそうしますが、無理な場合は先生が学校内の新しい英女を選定し力を与え、ここにやってきます」
(すぐに戦えるのか?)
「そのために毎日訓練をしているんです。とはいえ、実戦とは違うので最初は戦力としては劣りますが……」
新しい仲間がしばらくしたら来るってことか。経験不足で頼りないとはいえ、それでもずいぶん助かるだろう。俺のいた底辺現場でも新人が入るだけで簡単単純作業をやってもらえるからかなり楽になることがあるからな。
しかし、それには問題がある。
(さっきの破蓋がぶっ放した炎は強烈だ。恐らく新しい英女が選ばれてここに来たとしても……)
「あれへの対抗策を講じない限り、一撃で戦死することになるでしょう。普通の英女が耐えられる威力ではありません」
(だよな。なら仲間が来るまでの時間稼ぎってのはなしだ)
「はい」
最初からナナエもそのつもりだったのだろう。はっきりと答える。
なら別のプランを考えなきゃならん。そして、俺にはすでに考えがあった。さっき窒息しながら走っているときに偶然頭に思い浮かんだことを少し整理した後、
(で、だ。俺はあの破蓋の攻撃を見てある作戦を思いついた。乗ってみるか? 予想通りなら一撃であの破蓋を消し飛ばせることができるはずだ)
「あの破蓋の核の位置がわかっていません。それではおじさんの考えている作戦でいくら攻撃してもすぐに再生されてしまいますが……」
(核の位置がわからないのなら、本体まるごと全て破壊してしまえばいいんだよ。チリ一つ残さずにな)
「……聞かせて下さい。多少の無理でも今はやってのけます)
ナナエは頷いて了承する。そして、俺は言った。
「不死身だけが使える必殺技だ」
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