第41話 平和な日常

(暇だな)

「重要な作業なんですからやる気を削ぐようなことを言わないでください」


 やることがなくて退屈だと愚痴る俺にナナエが口を尖らせる。

 今は大穴の第6層の一番下にいる。現在は生徒総出で大穴の防御陣地や設備の修繕作業が行われていた。こないだのガスコンロ破蓋のせいで被害が甚大で、すでにかれこれ一週間修繕が続いている。

 ただ、ガスコンロ破蓋との戦闘は第3層よりも上だったので4~6層の被害は電動シェイバーによるものだけだったのですでに修繕は完了していた。なので、6層辺りにいるのは俺らしかいない。修繕が終わるまでの間に、破蓋が浮上してきたときに備えてここで待機している。


「はぁ……」


 ナナエは憂鬱なため息を付いていた。ここ数日ずっとこんな調子だ。


(こないだからどうしたんだよ。こっちも気になるから、困っていることがあるのなら相談に乗るぞ)


 俺の問いかけに、ナナエはしばらく悩んでいたが、


「もうすぐ英女の適正値の試験があるんですよ。それを考えると憂鬱で」

(生真面目なくせに試験前には面倒になるのか。少しは可愛いところがあるじゃないか)

「おじさんに可愛いとか言われると気持ち悪いのでやめてください」

(ひでえ)


 俺が文句を言うのに構わずナナエはまたため息を付き、


「適正値の上下は英女の資格に関わるんですから憂鬱になるのは当然でしょう。かと言って試験勉強をするようなものでもないので、ぶっつけ本番でやるしかありません。それに適正値が下がっているような気もしているので正直目をそらしたくなってしまいます」

(なんで下がるかもしれないんだよ)


 ナナエはやれやれと、


「ここしばらくおじさんが私の中に居座っているんですよ? 人格・性格・倫理・道徳にかけている人と強制的に同居生活をさせられているんですから、私にも悪い影響が出ていると考えるのは仕方ないでしょう」

(やっぱひでえ)


 そうまた抗議するものの、内心では思わず頷いてしまう。ナナエは性格きついし宗教バカだが俺に比べれば遥かに心が清らかだ。俺みたいなダメ底辺労働者何ぞと一緒にいたら心が汚れるかもしれん。とはいえ、俺だって出ていけるのならさっさと出ていきたいところだが、未だに原因も方法もさっぱりわからねえ。


(そろそろ本格的に俺がなんなのか調べたいんだけどな。それがわかれば、さっさとお前の中から退去する方法も見つかるかもしれないし)

「そうなんですが……」

(一昨日図書室で過去の戦いについて調べていたけどなんか引っかかることとかなかったのか?)

「おじさんみたいなのが英女に取り憑いた例はあまりませんでしたし、それっぽい記録もありませんでした。しかし、今の私の状況を考えると仮に同じような事例があったとしても誰にも信じてもらえなかったり、混乱を避けるためにあえて黙っていた可能性もあるので……」

(そうだよなぁ)


 もし誰かに相談して信じてもらえるのならとっくにそうすればいい。しかし、先生は頭がおかしい扱いしてきたし、いいやつだらけのこの学校の生徒も私の中におっさんがいるんです~とか言われても困惑するだけだろうしな。


 ヒントといえば授業で聞かされた神話とかいうやつがあったが、俺を人格を矯正するために神様がナナエに取り憑かせたってことなら、俺が真人間に戻れば出ていけることになるんだろうが、一体何をすればいいのかわからん。だいたい、それではナナエにメリットがなさすぎてかわいそうだ。そんな神様なら蹴飛ばしてやりたい。


「まあいいです。愚痴を言っても仕方がないので適正検査はいつもどおりやりますよ」


 ナナエはそう言いながらもやはりため息を付いていた。

 ふと大穴の下の方に視線を向け始めたので、


(そういや、破蓋の奴はあれだけラッシュで攻めてきたのにもう一週間以上来ないな。いやまあ来ないなら来ないで助かるんだが」

「ラッシュってなんですか」

(連続、だったかな)

「確かに3日連続でしかも3体同時浮上は前代未聞でしたが、一週間来ないというのは以前もありましたのでそこまで珍しいことでもないですね」

(運がいいってだけか)

「今浮上されるとかなり困るので助かってはいますし、神々様が与えてくださった機会に感謝する他ありませんね」

(神々様は関係ない気もするが……冷静に考えれば、破蓋は大穴の上の方で俺らが何をしているのか全く把握できてないってことだよな。今はこっちを攻撃するチャンスだし)

「チャンスってなんですか」

(絶好の機会とかそういう意味)


 ふむとナナエは頷き、


「確かにそうですね。破蓋は全くこちらの状況を知らずに攻撃していることになりますか」

(あっちはあっちで面倒そうな感じだな。向こうに何があるのかわからないが攻めていけーとかそんな仕事やめちまえばいいのに)

「私としてはやめてくれるのに越したことはありませんが……」


 うーんと唸るナナエ。

 その後しばらく黙っていたが、


「あの」

(なんだよ)


 ナナエが何か言いづらそうにもじもじしている。


「私のことを気にしているのなら別にいいんですよ」

(?)


 俺は本気で言っていることがわからずはてなマークを浮かべてしまうが、


「約束したでしょう。あの破蓋を倒したら、私の身体を貸すので好きなことをひとつだけやってもいいと。未だにその約束が果たせていません」

(ああ……そういやそんな約束してたな)


 本気で忘れてた。ガスコンロ破蓋の大爆発で記憶ごと消し飛んでいた気もする。


「私が落ち込んでいるのを気にしているのなら、気にしなくてもいいんですからね。そういうやって気を使われる方が嫌なんです。私は約束はきっちり守ることを心情としていますから」

(いや本気で忘れてただけだ)


 俺がそうきっぱり言うと、ナナエは頭を抱えて、


「これでは私が思い上がっていただけみたいじゃないですか。ちょっと悩んでしまって損した気分ですよ」

(すまんすまん。どうも前から作業中に別の作業を挟むと、前の作業のことを忘れちまう悪癖があってな)


 この癖治らないんだよな。同時並行的な作業がどうも苦手だ。


(んー、まあ前に言った通り、美味い肉食わせろよ。それで十分だ。長らく飯を食うっていう楽しみもないままだし)

「お腹とかは空いたりはしないんですか?」

(全く無い。改めて意識してみると不思議な感覚だな)


 ナナエはふむと、


「わかりました。明日ぐらいに先生に言って手配してもらいます」

(適正値の測定とかが終わったあとでいいぞ)

「それでいいんですか?」

(別に急ぐような話でもないしな)


 せっかくのご褒美だし、焦らずに楽しみに待っておくか。

 

 その後もただじっと破蓋が来ないか見守り続けた。しかし、結局破蓋は現れずに修繕作業が終わる。


 そういやもう一つ気になっていたことがあった。

 未だに新しい英女が選ばれないことだ。

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