第74話 なかよしと不安

「ナナちゃんおっはよー、くるりんぱ♪」


 朝、寮(団地)の玄関を出ると、ヒアリが待っていていつものポーズを決める。俺は思わずうむと頷き、


(全く今日もヒアリはかわいいなぁ)

(破却します)


 俺の素直な感想に間髪入れずに物騒な言葉で答えてくるナナエ。ヒアリに聞こえないように口を閉じていたが。俺は口をとがらせて、


(可愛いものは可愛いんだからしかたねーだろ)

(ヒアリさんに下衆な視線を向けるとか私が許しませんからね!)


 ナナエははあと嘆息して、


(そもそもおじさんは私の中で不法滞在を続けているんです。そのような欲望に駆られた感情をもっているとわかれば、私自身も警戒を――)

(安心しろ。お前に一ミリ――一寸もそんな感情わかないから)


 俺がそう言い切ってやるとナナエは額に指を当てて、


(まあ、私の身の安全が保証されているということにしておきましょう)

「どーしたのー?」

「なんでもありません。さあ学校へ行きましょう」

「はーい」


 そう二人が学校に向かって歩き出す。


 いろいろあって急須破蓋を倒して一週間ぐらいが経過した。あの後は破蓋もやってこず平和な日常が続いている。

 そして、最近ナナエとヒアリの仲がいい。学校にはいつも二人で登校するようになったし、休み時間も一緒にいる時間が増えた。まあヒアリは最初からナナエに積極的に近づいてきていたので、それに対してナナエが逃げなくなったと言ったほうが正解か。

 まあ何かにつけてヒアリがナナエにくっついてくるので、よく押しのけているわけだが。俺としては可愛いヒアリに抱きつかれても悪い気分じゃないんだけど。


 ナナエとヒアリは階段を降りて学校へ向かう。ヒアリはナナエの手を取って、


「ナナちゃんと一緒に登校するのたのしー」

「そんなに嬉しそうにしないで下さい。こちらが恥ずかしくなります」

「えー、いいじゃない。もっとくっつこうよー」

「暑苦しいからやめて下さいっ」

「あーうー」


 抱きつかれたナナエはぐっと押し返す。とはいえその口調は嫌という感じではないので恥ずかしいってだけだろう。


 ヒアリは前回パートナーだったミナミとはあまり深く付き合わないようにしていた。それはもしミナミが戦死したときのショックを和らげるためだったが、ヒアリに対しては仲良くするようにしたようだ。ナナエ的にもヒアリの人格に引かれるものがあるのだろう。


 俺としてもヒアリとの関係を良好にしておけば、破蓋との戦いを優位かつ、俺の仕事も楽になるからウェルカムといったところだな。


 ただ……

 

 俺は純粋で汚れもまったくない笑みを浮かべるヒアリを見る。

 ずっと最初のガラケー破蓋のときのヒアリの行動が引っかかっている。あのとき俺が耳を削られてもんどり打っているところにヒアリはすぐに助けに来た。これはいいんだが、問題はその後の行動だ。

 あのとき、ヒアリは徹底して自分にガラケー破蓋の攻撃の矛先を向けようとしていた。一発でも当たれば即死するような攻撃なのにだ。ミナミと同じ能力を無意識のうちに使ったらしいが、もしそれができなければ間違いなく死んでいただろう。

 英女は自己犠牲心の強さが適正値に比例するらしいし、ナナエを助けたい一心の行動だったのかもしれない。

 でも、本当にそれだけなんだろうか。あのとき、ナナエ(というか俺)を抱きかかえて逃げるという手段も残っていた。もし少しでも怖いという感情があるのなら、そっちの選択肢を本能的に取るのが普通だ。


 でも――ヒアリは敵に真正面から向かっていった。死ぬ可能性のほうが圧倒的に高かったのに。


『大丈夫! 私は今すごいから!』


 あのときヒアリが興奮して叫んだ言葉が脳裏に蘇る。どういう意味だったのか、今でもわからない。ヒアリがただ危機的状況に思わず強がっただけなんだろうか。


(どうかしたんですか?)


 俺がぶつぶつ考えているとナナエが察知したらしい。俺はちょっと考えてから、


(いやヒアリの可愛さについて考察していただけだ)

(気持ち悪いからやめて下さい)

 

 ピシャリと言われてしまう。


 まだナナエには黙っておこう。単に俺が違和感を覚えているだけだし、ミナミとはほとんど付き合いがなかったから実は英女ってのはみんなこういうのなのかもしれないし。

 そう俺は一旦この考えから離れた。


 後々のことだが、このときもっと考えておけばとか、ナナエともしっかり相談しておけばよかったんじゃないかと思う時が来る。特にヒアリが持っている『史上最大の適正値』について。

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