第75話 報告書(カナデ・ヒアリ英女化以降)

 カナデ・ヒアリについて

 

 現在のところ、破蓋の撃退を順調に続けています。史上最大の適正値を証明するように強大な力を発揮しつつあり、じきに彼女の戦闘能力は過去全ての英女の能力を超えていると考えられます。

 カナデ・ヒアリが英女になってから浮上した破蓋は新型の折りたたみ式携帯電話型と、既出の鋏型と急須型だけあり、神々様の神託にあった『かつてない驚異』に該当する破蓋はまだ現れていません。

 『かつてない驚異』が起きたとき、人類に危機が訪れると考えれますが、現在のままカナデ・ヒアリの力の強化が続けば、『かつてない驚異』に対抗できる可能性が増えると考えられます。

 一方で、すでに報告の通り、カナデ・ヒアリの人格には著しい問題があるため、このままではいずれ彼女は命を落とすことになるでしょう。

 通常の破蓋との戦闘でカナデ・ヒアリが命を落とせば、『かつてない驚異』に対抗できなくなるため、ミチカワ・ナナエにはできるだけ彼女の命を守るように伝えてあります。


 ――――


 カタカタと短い電子報告書をまとめ上げた先生――コウサカ・リエはため息をつく。隣の端末の画面ではヒアリが戦っている動画が垂れ流しになっていた。第3層で折りたたみ式携帯電話の破蓋と戦っているところを近くに設置していた観測所で録画したものだ。

 その戦い方はまさに異様であり、ナナエを守るために自分の命を平然と投げ出している。英女ならば誰かを守るためには躊躇なく自分の犠牲を受け入れるが、ヒアリは違う。いや、確かに誰かを守ることに命を投げ出すことには代わりはないが、彼女の場合は根本のところで大きな違いがある。

 

「そろそろ新しい英女を探さないとなぁ……」


 そう誰も居ないところで呟いた。

 手元には参考にしたカナデ・ヒアリについての情報が詳細に書かれた10枚程度の書類がある。それはもう一人の英女であるナナエには渡していない部分もすべてある完全版だ。


 これを見たらナナエはどんな顔をするのだろう。今すぐ英女をやめさせようとするのだろうか。いや、彼女は長く英女として戦い、何度も仲間が命を落としてきたのを知っている。破蓋を倒すことを優先するかもしれない。

 どうであれ、ナナエは苦悩することになるはずだ。


 完全版の書類をちらっと見る。ヒアリの命は長くないだろう。彼女が史上最大の適正値を誇るがために。

 しかし、それでも英女を戦わせるしかない。戦わなければ世界が滅びるだけだからだ。

 

 民衆は自分たちが犠牲になりたくないから、自己犠牲心の強い子供を集めて戦わせる。明らかに非人道的な行為であり、通常ならば誰もが感じ拒否反応を示してしまう。だから英女の戦いを人権や倫理から切り離すために宗教を利用し肯定する。

 一方、神々様に選ばれる少女はすべて自己犠牲心と他者への奉仕精神が強い人だけ。だから、英女は大切なものを守るために自分の命を差し出す。

 犠牲にしようとする大人と、犠牲になろうとする少女。この両者が並び立って世界を守っている。


「本当に歪んだ世界ね……」


 先生の唇が緩んだ。狂ったこの世界への嘲笑で。

 そして、自分もその一部だということへの侮蔑で。

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