第20話 危険な部屋

「では、次の作戦に入ります!」


 ナナエは寮(というか団地)の自室に戻ってくると気合を入れた。なぜか頭にタオルまで巻いている。

 足元には大量の新聞紙と数個のガムテームがあった。


 そして、数十分後。


(うわあ、これやべえ部屋だ)


 窓という窓にはびっしりとした新聞紙。それを何十にも重ねて全ての隙間をガムテームでしっかり塞いである。異様なんてもんじゃない。ひきこもりを超えてもはや頭のおかしい危険人物の部屋だ。

 俺がドン引きしているとナナエは口をとがらせて、


「おじさんがいるから仕方ないでしょう。こうでもしないと部屋を真っ暗にできませんからね」


 昨日の夜、俺が指摘した通り、真っ暗にすれば着替えも風呂も目隠しせずにできるということを実践するために部屋の窓を全て塞いでしまったのだ。

 しかし、問題があった。

 部屋が真っ暗になるので、すでに居間の電灯がつけられていたが、それを消し、新聞紙で封鎖されたベランダの窓を開ける。


「試しに窓を開けて本当に部屋の中に光が入らないか確認を……」

(外はもう真っ暗だけどな)

「…………」


 破蓋を倒して学校を出たときにはもう日は落ちかけていたんだからこんな作業やってればすっかり夜になってて当たり前である。これでは実際にきちんと封鎖できたかどうかわからん。

 ナナエはゴホンとわざとらしく咳払いし、窓を閉めつつ、


「今日はこれぐらいにして実際に暗いかは明日確認しましょう。とりあえずお風呂に入ります。戦いの汗を流すんです」


 そう言って電灯を消して部屋を真っ暗にする。外も夜だし本気で何も見えん。微かに見えるのはテレビの電源ランプぐらいか?

 ナナエは暗闇の中でゴソゴソと何かを始めるが、


「見えてませんよね?」

(真っ暗で何も見えねーよ)

「見えないからいいんですが、暗闇の中に不審者の男の人がいると考えるとやはり不安になってしまいます」

(バカ力自慢の英女だろ。本当にいたらぶん殴って地平線の果てまで飛ばしとけ)

「自分で自分を殴り飛ばすのは高度すぎて無理ですよ」


 そう言いながらナナエはごそごそと、多分服を脱ぎだす。

 その後服を何処かに片付けたらしくいよいよ風呂に、と思ったがナナエはたったまま動かない。


(どうしたんだ、風呂入るんだろ?)

「いえ、その」


 何かそわそわした感じのナナエ。


(なんだ便所にも行きたくなったのか? そういや昨日も後で入ってただろ。風呂前に入っとけ)

「そ、それもそうなんですが、音楽を再生するためには携帯端末がいるんですがどこにあるのかわからなくなってしまって……」


 うあー、めんどくせー。


(もう灯りつけろよ)

「それではおじさんに丸見えでしょう! 今私は全裸なんですよ!」

(じゃあ服着てやり直そう。そっちのほうが早い。底辺仕事じゃ時間かかってもいいから、確実にミスしたところを見つけて直したほうが結局早いという教訓があったからな)

「それは確かに考えたんですが、あの、正直限界が近くて」


 ぐえー、やっぱりめんどくせー。


「とにかくなんとか見つけ出します。たしかこの方向に……」

’(服着て探したほうが結果的に早いと思うがな~。だいたい手順を飛ばした作業をするといつも失敗するし)

「英女たるともこの方が早いに決まっているんですっ。え~と確かここが机の上でその上に……」


 カタと何かの音がした。そして、ナナエは突然、


「どうですか! これが私の――英女としての力です! さあお手洗い! 行きましょうお手洗い! 待っていて下さいお手洗い! おてあらい~♪」


 なぜか興奮し始めたナナエに俺は頭が痛くなってきた。なんでスマフォ見つけただけでこんなに喜べるんだ。あと、限界が近いんじゃなかったのか?

 が、あまりにはしゃぎつい携帯端末の電源ボタンを押してしまったらしく、突然画面が明るくなった。俺の世界で使っていたスマフォは画面の明るさを使って懐中電灯として利用できたりするらしいが、どうやらここでも同じらしく、かなりの光が照らし出され、封鎖された真っ暗の部屋に少し明るくなった。

 

 当然これではナナエの裸も丸見えなわけで――


「ふん!」

 

 ナナエは力を入れて携帯端末を殴るように電源ボタンを再び押した。すぐに画面が消えて部屋は真っ暗闇に落ちた。


 しばらく沈黙が続いたが、ナナエがドスをきかせた声で、


「……見ましたか?」

(いいえ、一瞬すぎて何が何だかわかりませんでした)


 そうあえて丁寧に答えておいた。

 実際に視界はこいつと共有しているわけで一瞬光ったところでこいつが自分の体を眺めないと見えないんだから見えようがない。


 そんなことを考えているうちにナナエは音楽をイヤホンで流しつつお手洗いを済ませ、


「では今度こそお風呂に入りましょう」


 風呂場の扉を開けてシャワーを浴びつつ、風呂桶にお湯を張る。しかし、真っ暗すぎて気持ちが収まらんな。こんなところで仕事をし続けたらそのうち病気になりそうだ。

 ナナエは身体を洗い終え、風呂桶のお湯に浸かる。


「ああ~、最高に癒やされます~」


 幸せそうな声が真っ暗な浴場にこだました。

 年寄りくさいなこいつ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る