第21話 ブラック現場
真っ暗な風呂場。身動きは取れないし視界は闇だし風呂を満喫できるような雰囲気じゃない。
が、当のナナエは、
「あぁ~」
えらく満喫している。まあ熱い風呂の温度を直接に感じられるのなら真っ暗でも気分がいいのかもしれない。
暇だから今のうちに色々聞いておこうと思い、
(なあ、ちょっと話があるんだが)
「な~んですかぁ~」
大丈夫かよこいつ。真っ暗で何も見えないが、声だけですごい気の抜けた顔をしているのがわかるぞ。
まあそれはさておき、
(破蓋ってのが最近襲ってくる回数が増えているんだろ?)
「そうですね。頻度はかなり上がっています」
(なら英女の数とかもっと増やすべきじゃないのか。明らかに人手が足りてないだろ)
「先生も言っていたはずですよ。英女として戦えるのは二人までです」
(なんか理由があるのか?)
ナナエは風呂桶の中で姿勢を少し崩して、
「おじさんも破蓋との戦いで見てわかったように敵は強力です。それに対して私達も膨大な神々様の力を使って対抗しています。当然神々様といえどもその力は無限ではないので消費しすぎると世界に悪影響を及ぼしてしまいます。そのため英女は二人までになっています」
俺はよくわからんと頭を悩ませて、
(神々様って一体何なんだよ)
「何度も言ったはずでしょう。この世界のすべてのものを神々様が存在させているんです」
(いやもっとわかりやすいのはないのか? こうでっかい像とか樹とか象徴みたいなの)
「そういうものはありませんよ。この世界のあらゆるものが存在しているのは神々様があってこそです。道端の石ころでも雑草でもそれが存在しているのは神々様があってこそです。あえて言うならば『存在の力』とでも言うべきでしょうか」
(うーん、石油とか鉱物とかそういう資源みたいなもんか? 自動車が走るには燃料がいる的な)
「そんなものではありません……と言いたいところですが、例えとしては悪くないと思います」
同じ姿勢で尻でも痛くなったのかナナエはまた風呂桶の中でもぞもぞと姿勢を変えて、
「神々様がそういう存在なので力を使いすぎる訳にはいきません。濫用すればたくさんの存在が消えてしまうかもしれないんです。神々様の力も自然にある程度回復するので、それに合わせて私達英女も戦わなければなりません」
(でもさー、向こうの戦力が増やしてきているのならこっちも対抗しないと持たないんじゃねーの?)
「それは……まあそうなんですが……」
ナナエは天井を仰ぎ、
「しかし、先生の言っている通り、やれることは多くありません。英女はもう増やせませんし訓練と言ってもやることは破蓋を倒すことだけなので限界があります。破蓋が地上に出れば大被害なのでもう現状でやりくりするしかないでしょう」
その論に俺はやれやれとため息を付いて、
(全くブラック現場だな)
「ぶらっくげんばってなんですか」
ナナエが首を傾げる。
(ブラックってのは黒いっていう意味だよ。まあろくでもない仕事とかそういう意味だ。上司が馬鹿とかいじめが酷いとか給料が出ないとかいろんな使われ方をするが、その中に激務ってのがある。例えばあからさまに人手が足りないのに、大量の仕事を引き受けて現場で働いている連中が死にそうになったりする状態とか)
「言っている意味はわかりますが……それはどうすればいいんですか?」
(その現場の社員は死にそうになって働くしかないわな。足りない人で、少ない予算とそんな中でもなんとかしなきゃならん。残業したり早出したりと長時間労働地獄だ。そんなのは間違いなくブラックだよ。まあ俺らみたいな底辺労働者はやべえと思ったら逃げてまともな現場に移るだけだか。俺ら底辺の最大の利点はいざとなったら逃げられるところだ)
「なんで自慢げなんですか……」
フフンと鼻を鳴らす俺にナナエは呆れている。
「おじさんはお金を稼ぐために働いているからそれでいいんでしょうけど、私たちがやっているのは人類の存亡をかけた戦いですよ。逃げられる場所なんてありません」
(それなんだよなー。人類を盾に無茶苦茶な労働を押し付けられているようにしかみえん。ストライキしようぜ)
「すとらいきってなんですか」
(労働環境を改善しろと要求して仕事するのを一時的にやめること)
「その間に破蓋が来たらどうするんですか」
(そんときゃ世界が滅ぶだけだな)
「そんなわけにはいかないでしょう。結局私たちはやるしかないんです」
そんなんだから何人も英女が死んでいるんだろ。
一瞬そう言いかけたが思いとどまった。さすがに戦って何度も仲間と死に別れているナナエ本人にこれを言うのは酷すぎる。
そもそもなんで俺はこんな話をしているんだ。ナナエがそれでいいんだから俺がいちいち口を挟むことではないだろう。つい私情でべらべらと喋りすぎている。
「なんですか、急に黙って」
(……いや悪かったな)
「は? なんですか突然」
(なんかあんまり人と話すことがなかったせいで、つい口を開くと仕事の愚痴とか話したがる悪い癖が出ちまった。こんな話を聞いてもつまらないだろうしな。今後は自重する)
俺がそういうとナナエはしばらく間をおいた後、
「何を今更言っているんですか。それにおじさんの話は割りと為になることがありますから大丈夫ですよ」
(マジかよ)
「もちろん反面教師としてですけどね)
(ああ、そういう……)
「自分がこういうことをやってはいけないとかこうなったら終わりとかそういうことに思い至る話は聞いても無駄ではありません。人生の糧になります。どんどんおじさんの駄目な話をしてもらっていいですよ」
(このやろう。だったらしまくってやるぞ)
「どうぞどうぞ。私の人としての格が上がるというものです」
ナナエが挑発じみた鼻を鳴らす。そういうならどんどん話してやるからな。覚悟しろよ。
「そろそろのぼせそうなので出ましょう」
そう言ってナナエは湯船から立ち上がった。
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