第22話 人としての誇り

 風呂から上がったあと、ナナエは晩飯を食ったり宿題をしたりしているうちにすっかり夜も更けた。俺は毎度暇なので垂れ流しになっているテレビの音声を聞いていただけだが。


「……ふう」


 ナナエは宿題を終わらせて背伸びする。すると、手元に置いてあったスマフォがピロンと音を鳴らした。

 すぐさま画面を見るとそこにはミナミからのメッセージが届いていた。


<ナナー、元気?>

<はい、体調は問題ありません。ミナミさんこそ怪我は大丈夫ですか?>

<問題ないよ! もうすっかり傷も治ったし英女は凄いねー>


 そのミナミのメッセージのあとに自撮り写真が添付されている。隣には知らない少女がいて二人でにっこり笑顔で写っていた。

 その後少しやり取りをした後にメッセージを終えるが、


(ミナミの隣りにいたのは誰だよ?)

「ミナミさんの級友と聞いています。寮は基本的に二人一部屋なので」

(え、お前の部屋一人しかいねーじゃん)


 来たときからこの部屋にはナナエ以外誰もいなかった。ふと壁の一部が古びて黒ずんでいるのが見え、


(実は壁のシミが友達とか言い出したりは……)

「しませんよ! ちょっと前までは私の部屋にももう一人いましたよ。ただ……英女だったので、その」


 ナナエが言いづらそうにしている。まーた地雷踏んじまったか。回避するのが難しい。

 しかし、ナナエは首を振って、


「大丈夫ですよ。辛いのは確かですが、戦いである以上は回避できないことなんです」

(そりゃわかるが……)

「面倒見がよくて相談に乗ってくれる人でした。気が強く、破蓋に真っ向から勇ましく戦い、周りで困っている人がいたらすぐに助けに行きました。まあ、学校にいる生徒はほとんどそういう人ばかりでしたが、その中でもひときわ正義感が強かった感じですね」


 ナナエはまたスマフォに写っているミナミとクラスメイトの楽しそうな画像をチラ見し、


「ミナミさんも積極的に私を助けてくれようとしていますが、やはり四度死に別れてからはやや……人と仲良くなることに躊躇するようになってしまいました。また別れが来たときに辛い思いをしてしまうのではないかと。ミナミさんには悪いことをしてしまっているのは自覚しています」


 ここでナナエは肩をすくめて、


「おじさんが私の中に不法占拠し始めた今は一人で本当に良かったと思っていますよ。同室の生徒がいたら一体どうすればよかったのかさっぱりわかりませんからね」

(そんときゃ一人部屋にしてもらえばいいだろ)

「間違いなくすぐにそうしてもらっていたでしょう」


 やれやれとため息をつく。しかし、同時に少し気が沈んだ感じで、


「しかし、やはりたまに誰かに話を聞いてもらいたくなるのも事実です。でもそれは私が弱い証拠でしょう。破蓋と戦う使命があるのですから、この程度で弱音を吐いていてはいけません」


 そんなに思いつめることかね。


(でも、そういうなんでも話を聞いてくれるってのは精神が落ち着いたりと、需要があるらしいぞ。俺の世界でもキャバクラとかあったしな)

「きゃばくらってなんですか」


 ナナエが首を傾げる。


(お金を払って女の子とお話したり飯食ったりする店)

「人としての誇りはないんですか!?」


 いきなり罵倒されてしまった。まあ気持ちはわからんでもないが。

 しかし、なんか誤解されているようなので、


(まあ、待て。そういう店があって需要があるって話だけで俺は行ったことがない)「どうだか。おじさんのことだからほいほい行ってそうです」

(本当だ。そんな金なかったし。そういう店はお高いからな)

「…………」


 おいコラ。軽蔑から哀れみの沈黙に変わるのやめろ。


 ナナエはやれやれと首を振って、


「まだ早いですが今日はもう寝ます。特に宿題もありませんし、2日連続で破蓋と戦って疲れました」

(そうだな。俺もぶん殴られまくってなんか疲れたし寝るわ)


 そう言いながら電気を消して布団に潜り込んだ。

 その後部屋の中に沈黙が訪れる。

 俺も寝るかと意識を落ちつかせ始めるが、


「……あの」


 唐突にナナエが


(なんだよ。今日も眠れないのか?)

「いえ、多分眠れると思います。ただその前に一つ言っておきたいことがあって」


 なんかもじもじしていたがやがてナナエは少しだけ布団に入り込み、


「今日はありがとうございました。助かりました」


 ポツリと言う。 


(……そうかい)


 底辺仕事でも感謝されることは多かった。なんせ仕事サボる奴が多いせいでまともに出勤したり、人手が足りないときに出ただけで礼を言われることが多かったからな。感謝には慣れっこだ。もちろんナナエは上辺だけの例を言うやつではないけど。

 

 でもまあ。

 それでも悪い気分はしなかった。

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