第11話 トイレに逃げ込む少女
「この先が思いやられます……」
ナナエはトイレの個室に逃げ込み便座の上に座ったまま大きくため息を付いた。昼休みが始まったばかりのせいか他に利用者はいなくて、静かだ。
しかし、こいつ随分躊躇なくトイレに向かって走り出して個室に駆け込んでいたが、
(……お前まさか何かあるたびにここに逃げ込んでいるのか?)
俺の言葉にナナエはぎくりと身体を引きつらせ、
「そんなことありませんよっ。今日はたまたまです、ちょうど思いついたから逃げ込んだだけですよっ。英女に選ばれた者としてちょっとやそっとで引くことは許されない立場ですからねっ」
そうあたふたと弁明しているが、普段からこんな調子なんだろうと察しておく。
「といいますか、そもそもおじさんがすぐに私の身体を返してくれればよかっただけじゃないですか)
(悪い悪い。俺も死んでから間もないから、自由に動かせる身体を持ったら普段の行動をとっちまうみたいだ)
「本当に勘弁して下さい……でも、これで入れ替えることができるのはわかりました。ですが今後はやりませんよ。おじさんに私の身体を使われるとか死にたくなりますから」
(えー、たまには少しだけ使わせてくれよ。さっきの空腹の感覚が残っているせいでなんか食いたくて仕方ねえ)
「ダメです。おじさんは私の身体から出ていくまではそこでおすわりしてて下さい」
(飼い犬か、俺は)
ナナエはまた大きくため息をついていた。
まあそれはいいんだが、
(なあ、今の状況は俺が女子便所に不法侵入している状態なんだが)
「!?」
ナナエは驚いて即座に手で目を覆い、
「何をやっているんですかっ! 見ないで下さい!」
(今は何も見えねーから安心しろ。でも、別にションベンしに来たわけでもないし、今は個室の中だから別に見えてまずいものなんてないだろ)
「ですから、私の声で下品なことをいうのはやめてくださいとあれほど……とはいえ、まあそれは確かに……」
そう言って手を払う。視界がひらけたが、相変わらず洋式トイレの上にナナエが座っている状態だ。周りは壁と扉に囲まれている閉鎖空間なので別にエロいこととか考えようもない。隣の個室に誰かいたりしたら危険な発想が出るかもしれないが、幸いまだナナエしかいないようだ。
「とはいえ、おじさんが女子のお手洗いいるという犯罪的状況自体が許されません。誰も居ないうちに外に出ます」
(だから俺はお前ぐらいの女子が便所に入っているのを見て興奮するような性癖はないって言っているだろ。ロリコンじゃねーしな)
「ろりこんってなんですか」
ロリコンが通じなかった、って当たり前か。
(小さな女の子が大好きな大人のことだよ)
「ああ、性犯罪者のことですか」
(……いや、それは……多分違うんじゃないかな……? ロリコンじゃないからわからんが……)
「じゃあ何なんです?」
(だから子供が好きな大人のことだよ)
「そんなの普通のことでしょう。自分で語るのは少々気が引けますが、私も親や親戚にはとてもよくされたと自負しています。おかげで適正値を上げられ英女としても選ばれていますからね」
えらく自信満々に語るナナエ。育った環境がよかったという思いが強いのだろう。妙に偉そうなのが毎度気になるが。
(そういうのじゃないんだって。大人なのに子供に本気で恋愛感情や性的欲求を抱いたりするやつのことだよ)
「やっぱり性犯罪者じゃないですか」
(だから違うって。たぶん)
「そんなことより! 早く出ますよ」
そう言ってナナエは個室の鍵に手をかけるが、
「お腹すいたー。早くお弁当食べたい」
「昼休みの次の時間、訓練だよ? あまり食べすぎるときついよ?」
「うへー、辛い辛い」
そんな女子数人の声がトイレの中に入ってきた。
ナナエは困り顔になり、
「ううっ、一歩遅かったです」
(別に便所の中にいるってだけなら見られてもなんともないだろ。早く外に出ようぜ。俺も居心地が悪いわ)
「そんなのは駄目です。おじさんのいやらしい視線でお手洗いの中にいる生徒を見られるのは私が我慢なりません。穢れてしまいます」
(お前、俺のことなんだと思ってんの!?)
ひどい言われようだ。
(でも、このままだと隣に誰かが入ってくるぞ。いいのか?)
「くっ、それも最悪ですね。早くなんとかしないと」
しばらく考えた後、ナナエはあることを実行し、意を決して外に出る。すると、
「あれ、ミチカワさん。お手洗いに――え?」
「ど、どうしたの?」
女子の一人が困惑の声を上げた。俺からは声しか聞こえない。なんせナナエの奴が自分の両目を手で隠しているからだ。またこれかよ。
ナナエはすっとぼけた感じで、
「いえなんでもありませんよ。これはちょっとした――そうです、訓練です。英女として目を隠して移動しているだけですから気になさらずに」
そう言ってスタスタと歩きだすが、
「あいたっ」
案の定壁に激突したらしく苦痛の声を上げるナナエ。だが、すぐに出口の場所を察するとそのまま出ていった。
きっと残された女子たちは唖然としていることだろう。
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