第12話 ぼっち飯

 ナナエはトイレから出た後、近くの水飲み場で手を洗う。そして、教室に戻るとそそくさと自分の机から弁当を取り出し、素早い動きで教室を飛び出た。


(どこ行くんだよ)

「屋上ですよ」


 ナナエは早足で階段を登り、屋上前の扉の前に立つ。『立入禁止』の看板が置かれているが、すぐに制服のポケットから鍵を取り出して、扉を開けて屋上に出る。

 というかこの文字もやっぱり日本語なんだよな。パラレルワールドならまあ言語も殆ど変わらないだろうし、俺が読み書きできるのも納得できる。なんでカタカナの言葉が通じないのかよくわからんが。

 しかし、そっちよりも気になったのは、


(立入禁止ってかいてあったが、なんでお前は鍵なんて持ってんだ?)

「昨日もいいましたが、英女に選ばれているため、ある程度のお願いは聞いてもらえます。先生に言ってここの鍵を貸してもらっていますのでいつでも出入りできます」


 英女ってのは便利なんだな。

 屋上は何もなく水道関連っぽい施設があるだけ。フェンスもないから安全対策も何もないので一般生徒が入っていい場所じゃないのはわかった。

 ナナエはポケットからハンカチを取り出すとそれをコンクリートの地面に敷いてそこに座った。


「やっと落ち着いてお弁当が食べられます」


 そう言いながら箸でおかずをつついて食べ始めていると、

 

<ナナー、一緒にご飯食べよーよー>


 ナナエのスマフォから音がなり、メッセージが表示されている。送り主はミナミらしい。


(SNSか。まあスマフォ――携帯端末があるんだからそういうのもあるわな)

「SNSってなんですか」

(…………)

「なんか言って下さい」


 そうナナエに問い詰められるが、正直なんて表現すればいいの変わらずうなりながら、


(えーっと、通信でどこの誰とでも連絡を手軽に取り合えるもの……かな?)

「ああ、電網交流ですか。私たちも友人や親と連絡をとりあうときに普通に使いますよ)

(なんか金網に電流が流れてそうな名前だな……)


 そんな俺のツッコミにナナエは特に反応せず、ミナミへメッセージを返す。


<お昼は一人で食べたいので……申し訳ありません>

<いーよいーよ。もし寂しくなったらすぐに呼んでー。世界の果てでもすぐに行くからね!>


 相変わらずミナミの奴はテンションが高いなぁ。しかし、パートナーであるミナミと弁当食ったりはしないのか。

 ナナエはスマフォを脇においてから、


「本当はミナミさんとももっと話をして絆を強めるべきだとわかっています。そのほうが連携もとれますし。ですが……あまり人と仲良くするのが苦手で……まあ普通の人とやや違う感覚なのは認めます」


 ナナエがポツリというが、俺は逆に同意して、


(いやあお前の気持ちはすごくわかるぞ。俺も底辺の仕事場で他のやつと一緒に弁当とか食いたくなかったからな。雑談もなし。さっさと仕事をして終わらせて帰る。無駄な人間関係は作らない。底辺は給料は安かったが精神的には楽だったね)

「おじさんと一緒にしないでもらえますか!?」


 仰天して否定するナナエ。そう頬を膨らませたまま器用に弁当を食べ始める。

 しかし、なんかやっぱり顔が暗いので話題を変えておこう。


(ところで教師は若いのばっかりなんだな。殆ど年齢の差もないように見えたが……)

「教師はみんな高等部以上のこの学校の生徒ですよ」

(は?)


 予想外のことを言われて俺はキョトンとしてしまう。教師が生徒? 意味がわからん。


(大人はどうしたんだよ)

「この学校にいる成人はコウサカ先生、昨日話していた人だけです。それ以外は全部英女の適正値と資格を持った10~18歳未満の少女しかいません。なので教師もみんな生徒ですよ」

(英女の仕事とかあるのに可能なのか?)

「高等部でも一応神々様に選ばれる可能性はあるそうですが、めったにないそうです。なので教師として適正のあると認められた生徒が初等部や中等部の生徒を教えています」

(この学校にいる大人はたった一人かよ。よく運営できているもんだ)

「まあ、大人も外部から学校に物資などを運んできたりしていますよ。ただ、生徒との接触は禁止です。応対も全部先生が行います」


 薄気味悪い学校だなオイ。


(なんでそんなに大人に接触させないんだよ」

「英女に悪影響を及ぼす可能性があるからです。この学校にいる間は親とも接触が許されません。手紙を送ることは許されていますが、向こうから手紙をもらうことは出来ません。緊急時の連絡は先生が受けて、生徒に口頭で告げます」

(適正値ってやつか?)


 俺の指摘に、ナナエは頷き、


「はい。英女になるための資格は自分を犠牲にして他者に奉仕できるという部分が重要です。英女同士ならば影響は出ませんが、他の人と接触し、間違った考え方に触れると適正値が落ちることがあります。実際にそれで適正値が満たせなくなり、学校をやめて家族の元へ帰っていった生徒もいました」


 大人と男はバイキン扱いかよ。しかし、否定もできない。ろくでもない大人がたくさんいるのを底辺で見てきたからなぁ。あんなノリの連中をこの学校につれてきたくないってのは俺も同意だよ。

 

 弁当を食べ終えたナナエは片付けを始めつつ、


「私もおじさんに住み着かれて適正値が下がらないか不安でたまりませんよ」

(相変わらずひでえ……が、まあ確かに男は駄目ってなら不安に思うわな。その適正値ってどうやって図るんだ?)

「定期的に試験が行われて適正値が計測されます。実技とか筆記試験とかそういうのですね。もうしばらくしたら測定試験が行われます」

 

 そこまで言うとナナエは立ち上がり、


「そろそろ、次の授業なので教室に戻ります。次は実技なので準備に時間がかかりますので」


 そう言って屋上の入り口の鍵を閉めて校舎の中に戻る。


 ふと、俺は思った。弁当を一人で食べたいといっていた割に俺の質問には嫌な顔ひとつせずに応えていたな。単に俺がナナエの身体の中にいるから諦めているのか、それとも本当は……


 いや、ナナエの心情に勘ぐりを入れるのはよくない。考えないでおこう。

 俺はその考えを振り払った。

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