第149話 歪んだ自己犠牲心

「そんなことを突然言われても……」


 ハイリは完全に平静さを失ってしまう。まずい。選ばれるのはまずい。ミミミやマルに変な気を使わせたくないからずっと適正値を測る試験をちょろまかして低い適正値になるように調整し続けていたのだ。

 このキミト・ハイリという少女。親しくなった身近な人間に極端なまでに合わせるという性格をしている。そのためにはいくらでも自分を低く見せても――自分の程度が低いんだと思われても構わないという行動に出てしまうのだ。嘘までついてでもミミミたちと同じ適正値を装うという形で自己犠牲心が現れている。当然、ミミミたちには嘘をついているわけだしそれなり――結構な罪悪感も持っているのだが、どうしてもやめられないのである。


「いや……でも、そんな……」


 選ばれてしまえばミミミとマルと同じ立場にいられなくなるかもしれない。あの二人は言ってしまえば落ちこぼれだ。この学校に来た早々に英女になる可能性はないと告げられるほど。その中に英女になった自分がいられるだろうか……


「どうかしましたか?」


 先生にそう問われてハイリはどう返せばいいのかわからなくなってしまう。

 更に追い打ちをかけるように、


「この学校に来ている生徒たちはみな自己犠牲心と奉仕精神に溢れた少女ばかり。神々様のために英女になり戦う覚悟は皆で来ています。ハイリさんもそれは同じでしょう?」

「は、はい……英女になって皆のために戦う覚悟は……出来ています」


 自分ではっきりわかるほど答えに戸惑っている。普通の生徒ならはきはきと当然と答えるだろう。


 今更気がつく。自分は英女になる可能性があったのにそれからずっと目をそらし続けてきた。そして、ミミミとマルとともにいることを強く望んでいる。完全に敵前逃亡状態だ。


 しかし、ここは話をややこしくしたくなかったハイリは困惑を振り払うように頭を振って、


「当然です! 英女となり世界と人類の危機に立ち上がって戦います! その覚悟はあるつもりです!」


 そうはっきりと言い直した。

 それに対して先生はにっこりと微笑むと、


「当然です。あなたたちの破蓋との対話、そして、そのために大穴の底に降りるという計画が失敗した場合はよろしくお願いしますね」

「は、はい」


 そうとだけ言われると帰っていいと言われたので、ハイリは部屋の外に出た。

 ハイリはふと疑問に思う。先生は一体何の用事で自分を呼んだのだろうか。破蓋に対する対話計画について苦言を呈されたような気もするが、やめろとは言われてない。言われたのは失敗してナナエかヒアリが死んだら、次はハイリが英女だって言われただけである。


「うーん……」


 首を捻って考えるがさっぱりわからない。とはいえ自分の適正値が実は高いってことはミミミやマルには秘密だから相談もできない。

 まあいいと気を取り直して、工作部の部室へと向かおうとする。さっさと帰ってミミミたちと計画の準備や検討を進めなければならないのだ。もちろんナナエたちの安全は最大限尊重して――


「…………!?」


 その瞬間異様な足の重さに気がつく。部室に向かうのをまるで拒絶しているような感じになってしまっていた。

 

(なんだこれ。なにかの病気か……?)


 ハイリは困惑してそのまま廊下の壁に寄りかかった。そうすると少し気分が落ち着く。


(まずい)


 ここで気がついた。

 大穴の底に降りるという計画は危険なもの。

 もし今の英女が戦死したら次はハイリの番。

 そうなれば工作部の関係も崩れる。


 この状況がハイリの足を重くしているのだ。本当にその計画を進めてしまっていいのかという思いが知らず知らずの間に身体を蝕んでいる。部室に戻る気がしない。


「ちょっとどうしたのよ。暗い顔して」


 唐突に声をかけられて振り返るとそこには風紀委員のクロエがいた。ハイリはちょっと後頭部をかいてから、


「先生にちょっと呼ばれただけだよ」

「あー、前回の適正値計測の試験の答案用紙を盗んだ件でしょ。そのことで絞られたのなら、次からちゃんと受けなさいよね」

「あ、クロエが先生に言ったんだ……」


 ハイリはげっそりとした顔になってしまう。余計なことをしてくれたものだが。風紀委員としての仕事をしただけとも言える。


 ここでクロエはちょっと首を傾げて、


「そういえば試験を盗んだ割には適正値が低かったわよね。回答とかを覚えておけば1位でも取れそうだけど……」

「あ、いや、ちょっと急いでいるからー!」


 これ以上余計なことを突っ込まれると話がややこしくなりそうなので、ハイリは部室に向かって走り出した。


 しかし、その足取りはやはり重い。

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