第147話 なにいってんだこいつ

「ふへ~」


 今日もナナエは真っ暗闇な風呂の中で気の抜けた声を上げている。相変わらず風呂好きなやつだな。


「おじさんがいなければもっとのんびりできるんですよ。お風呂もお手洗いもおじさんのいるせいで気が休まる時がありません。さっさと出ていってください」

(やりかたがわからねーって。いっその事ミミミにお前の身体を解体して調べてもらっただろうだ。どうせ死なないんだから何されてもいいだろ)

「よくありませんよ!」


 ぶーぶー文句を言ってくるナナエ。

 俺は気を取り直して、


(しかし、破蓋と対話ねぇ……本当にできるんだろうか)

「何を言っているんですか。もうおじさんとしているでしょう」

(いやそれはそうだけどさぁ)


 俺は自分に記憶をつらつら振り返りつつ、


(俺が破蓋なのかもしれないが、お前に取り付いている以外はその前と何も変わってないからな。記憶もちゃんと残ってるし、感情も残ってるぞ。お前にはなんとも思わないが、ヒアリは可愛いと思うし)

「ヒアリさんに変な感情を向けるのはやめてください。そこは消し去るべきです」

(やだぷー)


 俺があっかんべーして返してやると、ナナエはため息をついた。それからしばらく黙っていたがやがて、


「その……おじさんはヒアリさんのことを可愛いと思うんですか?」

(え? ああ、うんそう思う)


 なんか真面目に聞かれると恥ずかしいなこれ。ナナエはまたしばらく考えてから、


「なら……そのヒアリさんとけっ、けっこ、けっ――」

(何どもってんだこいつは……なに? ヒアリと結婚したいかと思うって? いやそういうのは全く考えないな)

「…………」


 ナナエが困惑の沈黙を続けた後に、


「……こう、好意という感情を極めると最後は生涯の伴侶としてともにいてほしいと願うものだと聞いたことがあるんですか」

(一般的にはそうだろうけど俺は全く思わないな。ヒアリは可愛いけど見てるだけで十分だ。結婚とか考えたこともないし、そもそも俺のプライベート――個人の空間に別の誰かがいるとかゾッとして考えたくもないね)

「なんでこのような人間が存在しているのでしょうか……」


 頭を抱えてしまっているナナエ。と、俺はあることを思い出し、


(あー、でもやっぱり結婚はしておいたほうがいいかもな。いざってときに助かることは多いだろうし)

「いざというときとは?」

(やばい病気で倒れたときに救急車を呼んでほしい)

「緊急通報装置扱いですか!?」


 仰天するナナエに俺はケラケラと、


(一度凄まじいめまいでぶったれた時があってな。その時は自分で電話もできたからよかったけど口がきけないほどの状態になったらこのまま死ぬんじゃないかとちょっと怖かった。そういうときに救急車を呼んでくれる人が近くにいると助かるわ。俺も逆の状態になったら呼ぶからさ)

「いえ言いたいことはわかるんですが……やはりなぜこのような人間が存在しているのかという点について、私の頭痛が止まりませんよ」


 また大きくため息をつくナナエ。まあそれはさておき、


(そんなんだから俺とおまえたちが話をしているからと言って破蓋と対話できるぞと言われてもピンとこない。そもそも今まで戦ってきた奴らに意思ってものを全く感じなかった。何が違うんだか)

「うーん……」


 ナナエは湯船に顔半分を沈めて考えていたが、


「おじさんは今まで確認されていない有機物が元になっている破蓋です。一方で大穴で戦い破却してきた破蓋はすべて無機物が元です。もしかしたらその差かもしれません」


 確かにそこに差はあると同意する。


(もしかして、この世界を侵略してくる破蓋には意思がないのかもな。無機物だし。それで敵のボス――天蓋だっけ?のいうことに素直に従っているのかもしれないのか)

「あり得る話ですね……」

(ってそれじゃ無機物破蓋とは対話しようがないってことじゃん)

「それも有り得る話ですね……」


 困り顔のナナエ。だが、頭を振って、


「しかし、諦めるわけには行かないんです。これ以上犠牲を出さないためにもなんとしてでも破蓋に私達の世界へ攻撃させることをやめさせなければならないのです。そのためには彼らの総大将である『天蓋』と交渉するしかありません」

(まあそうなんだが……)


 そもそもその天蓋ってのが実在するのかもわからないし、どんなものかすらわからん。俺の見たものを説明したときにミミミは宇宙そのものみたいな話をしていたが、そんなもんとどうやって対話すりゃいいんだ。


 そんな試行錯誤をしている間に、ナナエがのぼせてきたので話をやめて風呂から出ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る