第146話 先生と……
「……今回の話は推測です。あっているとは限りません」
ナナエは一人で先生のところにやってきていた。工作部と一緒に話していた内容を報告書にまとめて先生に渡している。
それを呼んだ先生は、
「破蓋を指揮する存在、『天蓋』ですか。見たところ推測だけの話のようですが……」
「はい。他の報告書にもあるように、私とヒアリさんで見たことからの推測です。ただ、破蓋からの干渉や呼びかけの内容を考慮すると可能性は高いと思います」
先生はパソコンに向かうと、
「政府の方には報告しておきます。ただこの内容が採用されるとは限りません」
「わかりました」
ここで一旦話が途切れる。その後ナナエは口を開き、
「先生。一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
先生はこちらを向かずパソコンに向かったまま。ナナエは続けて、
「大穴の最深部に鉄骨が張り巡らされて破蓋の浮上を阻止しようとしていた形跡についてなにか知りませんか?」
「知りません」
その問いにあっさり否定する先生。はやっ。
俺は確信する。この先生は確実に知っている。しかも相当に悪い思い出と見た。
ナナエは納得せず、
「工作部の人達がどのくらい前に設置されたか無人機を使って調べました。さらにその時期に英女をやっていた人の記録を調べました。その結果――」
(ストップ)
俺がそうナナエを静止する。すると口を止め、
(ストップってなんですか)
(止まれって意味だよ)
(なぜ止めるんですか)
そう口をとがらせてきたので、
(いいか? よく失敗したやつに対して、なんで失敗したのかその状況を詳細に語らせて反省させて再発を防ぐっていうのをやるが、やられた方の精神的ダメージ――重圧は半端ない。さっさと忘れたいはずの失敗した恥の記憶を思い出して詳細に説明しろとか拷問みたいなもんだからな。あの先生の口っぷりは間違いなく悪い記憶だ。それを聞きほじるのはやめておいたほうがいい)
(私は自分の失敗をきちんと見返すことができます)
(誰もがお前みたいに強い人間じゃないんだよ。俺もそれが嫌だから簡単仕事ばっかりやってたし、そういうことでネチネチ言ってきた現場からは逃げまくったからな)
(しかし……)
俺の説明にナナエは不満げだ。
ここに来るまでに工作部と協力してあの鉄骨の設置時期を見極めて、その時代の英女が先生だったことがわかった。ナナエがこだわる部分は、その辺りの時期に英女が立て続けに戦死していることだ。かなり短い期間4人死亡。うち一人は底に落下したため生死不明で、後に死亡認定されている。
俺たちが出した推測は、あの鉄骨を設置して破蓋の浮上を防ごうとした結果、たくさんの英女の命が奪われたのではないかということだ。ミミミ曰く、大穴全部を焼き尽くしたり、英女を叩き潰したりする破蓋をあんなもので止められるはずがない。にもかかわらず、必死こいて完成させようとしていた。その理由をナナエは知りたいのだろう。
とはいえ、先生の反応を見るとこれ以上ツッコむべきではない。なんせ過去に銃を持って暴れたような人物なのだ。追い詰めたら何をしでかすかわかったもんじゃない。
ナナエはしばらくごねていたが、やがてため息をつくと、
「……わかりました」
そう言って諦める。まあ別に知らなくてもいいことだろうし、トラブルにしかならなさそうなことはやらないのに限る。
報告が終わったのでナナエは部屋を出ようとするが、
「先生。私達はこの戦いを終わらせます」
そうはっきりと言い切る。
「……できるんですか? 何十年も続けて、膨大な犠牲と技術を投じられてきても解決できなかった破蓋という問題を」
先生は相変わらずパソコンに向かったままでこっちに顔を向けない。だが何か嘲笑が混じっている気がした。
ナナエは拳を握り、
「私は何人も英女が散っていくさまをこの目で見てきました。そして、慰霊施設にその遺体を埋め続けました。その記憶は辛くて重いものです。おそらく一生消えない傷になっていくはずです。だから、もうこれ以上傷を増やしません。ヒアリさんと工作部の皆さんで破蓋と――」
ここで力強く言い切る。
「対話をします」
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