第18話 痛いのを我慢するだけの簡単なお仕事
「な、なにを……」
(前にもやっただろ。お前と俺で身体の主導権の入れ替えだ。一度上手く行っているんだから今度も同じようにやればできるはずだ)
今できるたった一つのこと。それは俺がナナエの身体を動かしてあの破蓋を倒す。ミナミを守るためにはもうこの方法しか思いつかない。今まで人と殴り合いとかもしたことないし、銃なんて撃ったこともないが。
ナナエはくっと身体を起こそうとしているようだが全く動く気配がない。
「精神的外傷による行動不能……というのは推測で……確証があるわけでは……」
(それでもやってみる価値はある。ここで元気なのは俺だけだ。だったら俺がやるしかないだろ。あいつの再生が終わったら躊躇なくミナミを殺しに来るぞ。お前もだ)
「…………」
ナナエは少しだけ考えた後に、
「……いいでしょう。おじさんに賭けてみることにします」
…………
…………
少しだけナナエの――俺の指が動き始める。ちゃんと自分の意志で身体が動くのか確認しつつだんだんと腕と足に力を込めていく。
「へへっ……どうやら予測は正しかったみたいだな」
ゆっくりと俺は立ち上がった。前回はドタバタしてすぐにナナエに身体を返してしまったが、今回はしっかり自分の足で立っていることを実感する。久々に大地に立つって感じだぜ。
しかし、まだ身体がビキビキと痛みを発している。見た目の傷はもう直っているようだが、痛みはまだ残ってんのか。
破蓋の方を向いた――瞬間、
「げ!」
いきなりロープがこちらに向かって飛んできた。避ける暇もなく脇腹に直撃し、階段に叩きつけられる。いつの間にか破蓋の再生が終わっていたらしい。
「ぐ……が…おおおお……」
経験したことのない痛み。頭から足の指先まで痛みが走る――いや走ってない。全身のあらゆる部位が痛みを発して悲鳴を上げている。
いてえ……いてえいてえいてえいてえいてえいてえいてえいてえ! なんだこりゃ!
(私の能力は傷はすぐに治るんですが、痛みは残るんです!)
「そ、それはもっと早く言ってくれよ……」
(すいません!)
珍しく素直に謝るナナエ。しかし、怒る気はしない。というかそんな余裕もない。今は破蓋を倒すこと以外は何も考える必要が無いからだ。
(しかし、これではおじさんもまともに動けなく……えっ?)
ナナエは諦めかけていた言葉を途中でやめる。俺が苦悶の表情を浮かべながらまた立ち上がったからだろう。くっそ、指一本動かすだけで悲鳴を上げたくなるぜ。
(なんで……)
そう疑問を口にするナナエ。
「……なんでって、そりゃクソ痛えのに立ち上がれるのかって意味か? それなら理由は簡単だよ。底辺仕事やっていると、お前じゃ予想もできないとんでもないことを言われたり、突然よくわからないことでブチ切れて怒鳴ってきたりする奴がいたからな。そんなときはどうすればいいかわかるか?」
ナナエは理解できないのか黙っている。
「一瞬だけ我慢するんだよ。ムカッと来て言い返したくなってもその日だけは我慢するんだ。そうやってその場で怒りを流しておけば、明日から元通り。もし元通りにならずにムカつくことばかりになったら逃げるけどな」
ペラペラ喋っているのを破蓋が見逃すわけがない。また白いローブが今度は正面から襲い掛かってきた。俺はとっさに身体を半歩だけ動かすが、右脇腹をこするように通り過ぎる。
ふっとばされることはなかったが、右脇腹をえぐられたような痛みでまた足場に足をついてしまった。
だが、またそれでも俺は立ち上がる。
「……だから俺は一瞬だけ我慢するのは得意なんだ。あいつの攻撃すげえ痛いが、それも我慢して立ち上がってやる。こいつを倒せば全部元通りだからな」
(おじさん……)
ナナエの言葉にはなんとも言えない複雑な感情が混ざったものだった。
俺はゆっくりと階段を登り大穴の中心へ続く足場を歩きだす。目標はもちろんあのナイフが刺さりっぱなしの破蓋の核だ。
「教えてくれ。あいつを倒すには今何をやればいい? どうすりゃ俺があいつを倒せる?」
俺の問いにナナエはすぐさま、
(ミナミさんがすでに核に短剣を刺していますが、ぎりぎり撃破までいたっていません。しかし、ここから見る限りもうひと押しで砕け散ると思います。だから――)
「あのナイフ――短剣を押し込めばいいってことだな。一発思いっきりぶん殴って!」
俺は自分の手首をコキコキ鳴らす。よし、思ったよりも簡単な作業だ。これなら俺にでもできそうだよ。
次にナナエが少しだけ考えた後に、
(あの破蓋のしっぽみたいな攻撃は強力ですが、単調で動作が大きいです。一度避けてしまえば、あとは懐に駆け込めるはずです)
その分析に俺は素直に感心する。あの状況でもナナエはこいつの動きを理解し、倒し方を模索し続けていたんだ。全くよく出来たやつだよ。
俺は再び足場を歩き出す。
「攻撃してきそうになったら避ける瞬間を教えろ」
(できますか?)
「指示されたことに素直に従うのは底辺仕事で慣れてんだ。任せとけ」
(……いいでしょう。私の言うとおりに動いて下さい)
ゆっくりと俺はヘアブラシの破蓋に近づいていく。ケツから生えている白いロープはぐねぐねとこちらを伺うように動いている。
一歩、一歩、そのロープの動きに視線を外さないように歩き続ける。
さらに数歩歩く。まだロープがこちらに向かってくる気配はない――
(――その場にしゃがんで下さい!)
ナナエの声が聞こえた瞬間、俺は反射的にその場に伏せた。ぐねぐねしていただけのぶっとい白いロープがすぐ頭上をかすめて通り過ぎていった。
俺にはあいつの次の動きが全く予想できていなかった。だが、ナナエはもう先回りするぐらい動きを見切っていたらしい。
(今です!)
俺はナナエの声とともに一気に走り出す。そして、破蓋の核の目の前にたどり着き、
「お仕事の内容は簡単――痛いのを我慢して、敵をぶん殴るだけ――です!」
俺は拳を核に突き刺さったままのナイフの柄に叩き込んだ。渾身の一撃が破蓋の中にめり込んでいく。
――そして、核にヒビが入り始め、ついにはガラスが割れるように砕け散った。
ほどなくしてヘアブラシの形をした破蓋の全身にヒビが入り始めた。どうやら、こいつの撃破は無事に成功したらしい。
しかし、俺はそれどころじゃなかった。
「いってええええええええええええ!」
崩れ落ちていく破蓋を目の前に、俺は右腕を掴んで悶絶して転げ回る。本気で痛え。これ、多分拳や手首だけじゃなく肩の関節まで逝ってるぞ。英女の馬鹿力が身体の作りの限界を超えてんのか。
(私の身体でみっともない醜態を晒さないで下さい!)
「おおおおお……いってえ……」
ナナエがギャーギャー文句を言ってるがかまっている余裕はない。いつの間にか外れていた肩の関節や潰れていた拳は治っていたが、相変わらず痛みだけは消えない。マジでなんて中途半端な能力なんだ。
そんなことをやっているうちに破蓋は完全に崩壊し大穴の底へと落ちていく。再生する様子もないから完全に撃破できたようだ。
俺はようやく傷が治り痛みがひきはじめので大きくため息を付いて、その場にあぐらをかいて座り込んだ。
「仕事終わったみたいだし、帰るか」
(……はい)
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