第17話 無意味な不死身

「――――っ!」

「ナナ!」


 突然襲い掛かってきた破蓋のケツに結ばれていた白いロープがナナエに直撃し、派手にふっとばされて大穴の壁に直撃する。

 俺はとっさに痛みに耐えようとしたが、視界が揺れただけでなんのダメージもなかった。どうやらこの状態だと攻撃されても影響がないらしい。

 だが、ナナエの方はそんなことは言えない状態だ。


「……かはっ!」


 口の中か内蔵かわからないが身体の内部で激しく出血したのか、口から思いっきり吐血している。

 難を逃れたミナミはすぐにナナエの元に駆け寄ろうとするが、再び白いロープが殴りかかってきた。


「させない!」


 ミナミは手にしていた自動小銃を激しく発砲する。数発がうごめくロープに当たり弾け返され一部が砕け落ちる。


「ナナ! ナナ! 大丈夫!?」


 ミナミは呼びかけを続けるが、当のナナエは何も言わない。


(おい、しっかりしろよ! 無事なのか!?」

「あ……ああっ……」


 俺が呼びかけるが、かすれたうめき声を上げることしかできないようだった。

 ここでふと気がつく。ナナエの手のひらが壁でこすったのか皮膚がひどく傷んでいたが、それがすごい勢いで直っていっている。

 そういや、こいつの能力は不死身だったっけ。心配して損したか。


 しかし、ナナエは相変わらずうめき声を上げるばかりで、全く動こうとしない。一方さっき砕けた破蓋のロープも物凄い勢いで再生して、再びいつでも攻撃できる状態に戻っていた。

 ミナミは即座にまた発砲して、ロープを破壊する。しかし、またすぐに再生してしまう。この破蓋ってやつの再生能力は厄介すぎる。このままやりあっていたらこっちの弾薬が先に尽きるだけだ。

 てか、ナナエはいつまでひっくり返っているんだ?


(おい、このままだとこっちが押し負けるぞ。傷は直っているんだから早く反撃しねえと――)

「……動け……ないん……です」


 痛々しく弱々しいナナエの言葉。なんでだ? もう傷は直っているはずだろ?


「私の……能力は……身体の再生です。どんな傷を負っても……すぐに治ります……ですが、即死に近い傷を……負うと……たとえ傷が直っても身体が動かなくなるんです……」


 俺は絶句してしまう。不死身だが攻撃を食らうと動けなくなる? なんだそりゃ。能力として成立しているのか。


(何が原因なんだよ?)

「……はっきりとした原因は……わかっていません。先生の話だと……子供の頃に交通事故で……大怪我を負ったことがあった……ので、その時の精神的外傷により……ひどい傷を負うと……動かなくなるのではないかと……」


 その程度で動かなくなるものか? いやだが動けないのは事実だ。今は追求している場合ではない。

 すぐ近くではミナミが発砲を続けて必死にロープを追い払っている。あの調子では弾切れを起こすのは時間の問題だ。

 

「私はずっと……この能力で生き残って……来ました。そして、何回も……仲間が目の前で死んで……いくのを……見ました。この能力は無敵なんかでは……ありません……ただ自分ひとりだけが生き残ってしまう……そんなものです」


 だんだんナナエの言葉が独白みたいになってきた。さらに視界が潤んできている。恐らく涙を流しているのだろう。

 攻撃を食らっても傷は治る。でも動けなくなる。動けないまま、ただ仲間がやられていくのを見ることしかできない。そんな能力。


 なんて半端な能力だ。神々様ってのは嫌がらせでもしてんのか?


 くっそ、そんな重要な事を最初に言っとけよ――危うくそう言いそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまる。俺に言ってどうすんだ。ただの底辺労働者のおっさんだぞ。教えても意味がないんだから言う必要もない。どうせ何も出来やしないんだから。


 ここでついにミナミの弾薬が尽きる。しかし、すぐに自動小銃を投げ捨てると、懐から大型のナイフを取り出した。

 何をする気だ、と思うのよりはやくロープがミナミに襲い掛かってきた。

 だが、ミナミも同時にヘアブラシの破蓋に向かって飛びかかり、紙一重のところでロープをかわし、洞窟中心に向かっている足場を伝って走り出す。その先には破蓋の赤い核が手に届くところにある。


「私を守ってくれるナナを――私が守るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そのナイフは見事に核に直撃する。しかし、相当硬いのか先端が刺さったものの、そこから先に進めず、核を破壊するにはいたってない。


「このおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ミナミは絶叫してナイフを押し込もうとする――しかし、ここでロープがぐるっと破蓋の周りを一周して伸びてきて、


「っ!」


 ミナミの身体に正面からぶつかってきた。強烈な一撃でミナミの身体が空中に投げ出されて大穴の壁に激突する。

 幸いなことに螺旋階段の上に落ちたため、底に落ちることはなかった。俺はほっとしてしまう。

 が、この時俺が『それ』に気がついたのは多分奇跡だっただろう。ミナミがふっとばされる瞬間、何かが手から離れた。そして、突然激しい破裂音とともに破蓋のロープと本体の一部が吹っ飛ぶ。

 恐らく爆薬――手榴弾か何かをすんでのところで投げていたのだ。信じられないことをやってのけていやがる。


 だが、すぐさま破蓋の再生が始まった。肝心の破蓋の核にはナイフが突き刺さったままでとどめを刺すのは失敗している。


 階段に倒れたままミナミはピクリとも動かない。死んだとは思いたくないが、気絶していても同じだ。今、英女で戦える奴が誰もいない状態になる。


 まずい。まずいまずい! このまま再生が終わって攻撃されれば、不死身のナナエなら死ぬことはないが、ミナミ本当に死んでしまうかもしれない。

 いくら底辺労働者といえども目の前で誰かが殺されるのを見たことはない。そんなもんトラウマにしかならないし冗談じゃねーぞ。


 とはいえ、俺に何ができる? 戦闘訓練なんて何もしてないから銃を撃つこともできん。そもそも俺は今身体を動かせないだからどうしようも……


 ここで俺ははっと気がついた。今、俺ができるたったひとつの方法。


(ナナエ、俺にお前の身体を貸せ)

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