第16話 戦闘

 ナナエとミナミは第5層上部の階段の上に降り立ち、そのまま大穴の壁に緩やかに下っていく階段を駆け足で降り始める。螺旋階段みたいな感じだ。

 破蓋は即座に二人の存在に気が付き、ヘアブラシの髪を解かすトゲトゲを向けてきた。

 そして、その中のトゲがグラグラと揺れ始め――

 パンと間髪入れずにナナエが手にしていた自動小銃を発砲。破蓋まではそれなりの距離があるにも関わらず正確無比にそのトゲを破壊した。

 次に別のトゲが動き始めるが、今度はミナミが発砲してそれを破壊する。二人共すげえな。世界を守るっていう仕事は伊達じゃないか。

 しかし、破蓋ってのは多少破壊してもすぐに再生してしまう。さっき破壊したトゲはあっという間に新しいトゲが生え変わっている。


 そのまま壁沿いにグルグル回りながら徐々に下に向かって降りていく二人。トゲが動いたらそれを破壊、また破壊。単純ではあるが、かなり神経を使う作戦だ。


 しかし、二人の持っている自動小銃は神々様の力で強化されているが現代で使われている普通の武器。向こうは実質無限に撃ってくる。そうなれば当然そのうち二人のほうが弾切れする。先になくなったのはナナエだ。


「装填します!」

「任せて!」


 ナナエが弾倉を捨てて新しいものに交換する間、ミナミがトゲの破壊を担当する。そして、好感を終えた辺りで、今度はミナミが球切れになった。


「装填!」

「任せて下さい!」


 二人の息はぴったりだった。二人共同時に弾切れすることなく、きちんと交互に装填を行っている。こういう共同作業は苦手でよく怒られていた俺にとっては羨ましく思える。って底辺仕事といっしょにするのは失礼か。

 

 髪解型と呼ばれるヘアブラシがベースの破蓋。こいつを倒すには脳みそや心臓みたいな役割を持つ核を破壊する必要がある。そこを叩かない限りは永久に再生し続ける。

 しかし、こいつの核はヘアブラシの柄の先端――つまり一番下付近にあるため、真上から狙撃しても当てることが出来ない。そのため、ナナエたちはこいつの真下まで移動する必要がある。


 大穴に来る前にナナエから教えてもらったこいつとの戦い方はこうだ。まず螺旋階段を降りながらトゲを破壊しつつ破蓋の最下部に到達。そして、核を破壊する。やることはシンプルだが、時間がかかる。さらにあの飛んでくるトゲは極めて強力かつ正確で一撃受けただけで、身体が強化されている英女といえども致命傷になるらしい。だから一発も被弾することなく降りきるというハードな作業が続く。

 破蓋はずっと浮上しているんだから隠れて通り過ぎてもらって真下から攻撃すればいいんじゃないかと思ったが、こいつは小賢しいことにナナエたちを見るとジリジリと下降し始める。現に今もナナエたちに合わせてゆっくりと下に向かって移動していた。

 ジャンプして一気にこいつの真下まで降りるという選択肢もあるらしいが、空中でトゲを迎撃するのは困難でリスクが高くなるからやらないらしい。

 一方でこいつの攻撃方法はそのトゲの発射しかなく、トゲゾーンの下に移動するともう撃ってこなくなる。なのでそこまで行けばあとは楽勝だとか。

 なので今のようにトゲを撃たせないようにしつつ、階段をダッシュでひたすら降り続けるという時間のかかる作業をしている。

 そのためたまに例外も起きる。


「装填します――まずい!」


 ナナエがやや焦った。トゲが同時に二本動き始めたかと思ったら、ミナミが破壊する暇もなく即座に二人めがけて発射されたのだ。

 かなりの勢いで襲いかかるトゲ二本。だが、


「大丈夫だよ! 任せて!」


 ここでミナミがぐっと今まで以上に力強く自動小銃を構えた。

 その瞬間、一瞬俺の中で何かざわめいた感覚になる。なんだ? 何か妙な感じが……


 パンパン!とミナミが発砲し、こちらに向かってきたトゲ二本を撃ち落とした。かなりの速度で飛んできていたのに神業みたいなことをやってのける。

 ナナエは装填を終えると、


「ありがとうございます、助かりました!」

「私を守ってくれるナナを私が守るからね! このぐらいは楽勝だよ! でも今ので私の能力を使っちゃったからしばらくは無理だからね!」

「わかりました。あとは私がやります!」


 どうやらミナミは自分の能力で動体視力を上げてトゲ二つを撃ち落としたらしい。周りが止まって見えるようになるんだからできる技だな。


 ……しかし、さっきミナミが能力を使ったときの違和感みたいなのはなんだ? 気のせいではなくはっきりとした感覚が残っているが……


「なんか言いましたか!?」

(いやなんでもねえ。声に出ていたなら悪い、ただの独り言だ)

「ナナ、なんか言った!?」

「なんでもありません独り言です! 装填します!」


 迂闊に喋るとナナエたちの集中力に悪い影響がでそうだ。今は黙って眺めておこう。どうせできることなんてなにもないしな。


 そのままひたすら大穴外壁沿いの階段をぐるぐる降り続ける。10分は続けただろうか、ようやくヘアブラシのトゲトゲの部分よりも下の部分に入り始める。


「ここまで来れば、あとは核の部分まで降りて破壊するだけです!」

「うん!」


 二人の話を聞く限り、こいつを倒すための作戦は順調らしい。さらに走る速度を上げて、一気にヘアブラシのケツの部分まで移動する。

 ……いや、違うか? 二人が走っている速度は今までと同じっぽい? でも、破蓋の核に近づく速度は上がっているが……

 ここでその理由に気がついた。二人は気がついているのか? 俺みたいに昨日来たばかりのやつが気がつくことなんてわかる気もするが……いや、聞けるときにきちんと聞いておかないとあとで後悔するのは仕事でよく思い知ってる。


(おい、返事はしなくていいが、ちょっと気がついたことがある。この破蓋ってお前たちを追いかけて降下するんだよな? でも今は完全に停止してないか?)

「え?」

(ミナミにも聞いてみろ。俺の方には応えなくていいから)


 俺の言葉にナナエがミナミに向かって――と思ったが、先にミナミの方が、


「ナナ、なんかおかしくない? この破蓋、この位置で停止いているように見えるよ」

「確かに……」


 ミナミの同意もあり、ナナエも目視で確認したらしい。確かにこの破蓋は停止している。


「前の二回は止まることはなかったよね?」

「はい。それ以前に私が戦ったときも止まったことはありませんでした」


 二人はひたすら走りながら話し合う。ヤバそうな雰囲気だな。こういういつもと同じはずなのに、何か違うときはだいたい良くないことが起きるもんだし。

 だが、ナナエは首を振って、


「型が同じである以上、核も同じはずです。そこを破壊すれば終わりなのでそれを優先しましょう!」

「わかったよ、ナナ!」


 とりあえず脇に置いておくことにしたようだ。そのまま走り続ける。

 やがて階段の踊場から大穴の中心に向かって伸びている足場が見えてきた。大穴は広い縦穴のため、万一落下するとそのまま果てしなく落ちる恐れが有るので、緊急時に掴めるような足場が所々に作られているそうだ。

 ヘアブラシの破蓋のケツはちょうどその足場の先端のところで停止していた。ケツの部分にある真っ赤な赤い玉。あれが核ってやつか。

 にしても、わざとらしいところにいやがるな。何か企んでいるのはバレバレだ。

 ミナミもそれに気がついて、


「誘っている感ありありだよね……」

「ええ、足場から手を伸ばせば叩けるところでわざわざ止まっています。何かの罠と見るべきでしょう。しかし……」


 ナナエは足場には行かず、階段で立ち止まり、背中に背負っていた対物狙撃銃に持ち替える。


「ここから一発で仕留めるので無駄なことです!」

 

 なんの小細工かわからんが、ここから撃ってしまえばそれで終わりだ。どうやらこの破蓋の撃退はもう完了したも同然か。

 ここで俺は別のことに気がつく。このヘアブラシ、ケツの部分に核とは別に穴が空いている。確かフックかなにかに吊り下げるためのものだったと思ったが、そこに白いロープののようなものが巻きつけられていた。そして、そのロープはだらんとそこに向かって垂れ下がっている。

 しかし、そのロープがゆっくりと動き始めていた。

 ナナエは一撃で仕留めるべく核へ視線を集中している。ミナミはもそれを見ている。ある意味どうすればいいのかよくわかってない俺だから視線外の動きに気がついたのだろう。


(おい――)

「え?」


 俺が反射的に叫んだときにはもう遅かった。猛烈な勢いで白いロープがナナエの身体に直撃する――

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