おっさん、ケンカを売る

第87話 つらい

(…………うぅ)

(なんですか。体調でも悪いんですか?)


 俺がやるせない気分で悩んでいるとナナエが察知して声をかけてくる。


(いや……なんでもねえよ)

(おじさんは結構……いえまあ、そうですね……そこそこには重要な戦力なんですからきちっとしてください)


 ナナエがなんとも歯切れの悪い言葉で俺を評価している。相変わらず素直に俺を認めるつもりのないやつだ。


 ずっとモヤモヤが収まらない。俺はそんなどうしていいのかわからない気持ちにそわそわし続けていた。


 スマフォ破蓋を倒してから1ヶ月が経った。破蓋を呼び出す破蓋という前代未聞の手強い敵に大苦戦を強いられたものの、なんとか倒すことができて今日も人類は存続できている。

 しかし、その結果の代償は大きかった。ヒアリの両足が動かなくなってしまったのだ。スマフォ破蓋と単独で戦ったヒアリは大きな怪我を負ったものの、神々様からもらった英女の力で結構あっさり傷は完治した。さすが史上最大の適正値といったところだろう。

 にもかかわらず、ヒアリの両足が動かない。これには先生や保健担当の生徒たちも困惑してしまっていた。

 そこでヒアリの適正値や人格を考慮した結果、恐らく学校の外に出ても影響は低いだろうと判断され、ナナエの住んでいる神国でもっとも技術を持つ病院へと搬送された。

 ナナエも懇願して一緒についていこうとしていたものの、適正値に影響が出るかもしれないと一蹴されてしまった。


 数日で戻ってきたヒアリは車椅子のままだった。あらゆる検査をしてもヒアリの身体に異常はすでになく、なぜ両足が動かないのか原因が突き止められなかったという。結局、精神的なものかもしれないという曖昧な答えで学校での生活に復帰している。 

 

「ヒアリさん、今回がそれを装着してはじめての戦闘ですし、あまり無理は……」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 破蓋さんはしばらく来なかったし、その間に訓練ですっかり自由に動けるようになってるから!」


 心配そうに見るナナエに対していつものように屈託のない笑顔のヒアリ。


 ヒアリの姿は異様だった。肩につけたパッドから巨大な白い触手のようなものが生えていて、これが両足の代わりに動いている。それだけではなく両手にはフック付きワイヤーを発射する装置がつけられていて、これを大穴の壁に打ち込んだり階段に巻き付けて自由自在に空中を移動できるようにしている。

 両足の動かないヒアリではまともに破蓋と戦うことなんて不可能だった。しかし、ヒアリは戦死したわけでもないし戦意を失ったわけでもないため、英女としての力は残っている。おまけに破蓋との戦いを継続することを強く望んだ。

 そこで工作部の連中が作ったのがこの補助器具だ。おかげででかい足代わりの二本の触手でぴょんぴょんとんで軽やかに移動している。

 すごい技術だなと思ったが、ミミミいわく単なる弾力があり頑丈でもあるゴム製の触手でしかなく、動いたりする機能とかはない。それを自由に動かしているのはヒアリの力だとか。


 ここでナナエの携帯端末から警報がなる。第6層の少し下にある観測所から破蓋の接近を知らせるものだ。同時に複数の情報が送られてきた。


(やっぱり早えな)

(ええ、通常の破蓋の倍以上の速度ですね)


 ナナエは即座に送られてきた情報の確認を始める。

 いつもの最深観測所から第6層到達までの時間がかなり早い。最深観測所の低性能カメラでは破蓋の速度が早すぎたらしく、くっきりとした映像を撮られることができなかった。そのため何の破蓋かこの時点で全くわかってない。

 ただ一つ言えることはこの速度で浮上してきた破蓋はかつていない。ということは新型ってことだ。


(最悪だな……ヒアリの状態があんなんだってのに新型かよ)

(仕方ありません。ヒアリさんはやる気満々ですし、訓練での様子を見る限り補助器具の動作は完璧です。足が動かなくなる前と戦闘能力は変わってません。十分に戦えるでしょう)

 

 ちょっと前までならナナエはヒアリの戦闘を拒んでいただろう。しかし、今ではすっかり仲良くなってヒアリの意見を尊重するようになっている。


 俺は知っている。ヒアリが命を懸けて自己犠牲をすることを楽しんでいることを。一方、ナナエは知らない。あのとき気絶していたからヒアリの言葉も聞いていない。

 そして、俺はまだナナエにそのことを伝えていなかった。話せば動揺するだろう。どう切り出して良いのかつかめないままでいる。


 俺の不安な気分を他所に、ナナエとヒアリは携帯端末で破蓋の情報を見ていたが、


「うーん……よく見えないね」

「はい、直下の観測所の映像でもはっきりしないのは初めてです」


 送られてきた画像にはやはり黒くぼんやりとした何かしか映ってない。移動速度が早すぎてボケてしまっている。

 ただそのシルエットを見てふと気がついた。


(人間みたいな形をしてないか?)

「……確かに」

「どーしたの?」


 同意するナナエにヒアリが首を突っ込んでくる。


「人の形をしているように見えませんか?」

「あっ。ホントだ、ナナちゃんすっごーい」


 手を叩いてナナエを称賛するヒアリ。しかし、人型? まさか人間がベースの破蓋が飛んできたとかそんなだったりしないだろうな。


 ここでヒアリは思い出したように首をひねって、


「……でも破蓋さんってみんな無機物が元になってて生き物みたいなのはいなかったんじゃなかったっけ?」

「はい。有機物が元になった破蓋は今まで確認されていません。今回が初めてかもしれません」


 ナナエの説明に俺は目を丸くして、


(マジで? イヌとかネコとかは出たことないのか?)

(そうです。理由はわかっていませんが――)


 そんなナナエの言葉の中に変なノイズが入ってきた。ゴーという騒音が大穴の底から聞こえてきたのだ。


「これは……」


 ナナエが一旦大口径対物狙撃銃のチェックの手を止めて確認する。俺の耳にもはっきりと届いている。飛行機とかが飛んでいると聞こえてくるようなのだ。


「ヒアリさんは少し後方で待機。私が牽制して相手の正体を突き止めます」

「りょーかいだよっ!」


 そう答えたヒアリは触手でぴょんっと飛び上がり大穴の壁をぐるぐると回っている階段の一段上にのぼる。両手につけたワイヤー発射機をうまく使い、両足が動かなくても全く苦労せずに移動している。


 さて、何が出てくるのか……

 俺とナナエは狙撃銃の照準越しに破蓋に集中する。

 やがて、青白い光源とともに破蓋の姿が見えてきた。

 それを見てあまりにも破蓋の元がわかりやすかったので、俺は思わず叫んでしまう。


(ロボット!?)

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