第86話 苦難に立ち向かう

 どのくらいの時間が過ぎただろうか。真っ暗闇の中では時間の感覚も失われてしまい、5分なのか、1時間なのかもわからない。


「…………っ!?」


 ふと、急に視界が明るくなる。どうやらナナエが意識を取り戻したらしい。


「こ、ここは……っ」


 状況がつかめないのか辺りを見回す。まだ少しクラクラするようで視界がゆらぎ頭を抑えた。

 俺もここで初めて大穴の壁沿いの階段の上に寝かされていたことを知った。


(大丈夫か?)


 俺がそう声を掛けると、ナナエはしばらくあたりを見回しつつ、


「一体何が……そうです! 破蓋と戦っていたはずです! 私はなんでこんなところでっ!」

(落ち着け。音も聞こえないだろ。戦闘は終わってる)


 俺がそういうとナナエから血の気が引く音が聞こえた。


「もしかして……私は気を失っていたんですか……」

(……ああ。あの破蓋の機能が停止した後、ストラップ――本体にくくりつけられた紐で殴りかかってきやがった。それに直撃を食らって気絶していた」

「待ってください! ならヒアリさんは!?」


 ナナエは混乱気味に頭を抱える。


(……ヒアリは一人で破蓋を倒しにいった。俺は身体が動かせなかったから止めることもできなかった。音だけは聞こえたからしばらくヒアリが戦っていたは聞こえたが、そのうち聞こえなくなった。ただ破蓋はここに来なかったから倒したんだと思う)

「ヒアリさんは!?」

(……それ以降声も聞こえてこなかった)

「そんな……」


 肩を震わせるナナエ。英女としての適正値の高さは自己犠牲心と他者への奉仕精神で上がる。適正値の低いナナエとはいえ、そのへんの一般人よりはずっと気持ちが強いはずだ。

 そんなナナエが自分が気絶している間にヒアリが一人で戦い――そして、どうなったかわからない。耐えられるような重みではないだろう。


(……悪い。何もできなかった)

「おじさんのせいではありませんよ。私がもっと……ちゃんとしていれば……!」


 ドンッとナナエは大穴の階段を拳で叩く。

 しかし、ここで悔しがっていても仕方がない。


(だが、まだ俺は諦めてねえぞ。ヒアリが破蓋を倒したのは間違いねえ。ならヒアリは生き残っている可能性のほうが高い。探すぞ!)

「……は、はい!」


 ナナエは階段を走り出す。しかし、まだ意識の回復が完全ではないのかややふらついている感じだ。


(辛いようなら俺が変わるぞ。走ることぐらいはできるからな)

「いえ、大丈夫です! 今は私が探さなければならないんです!」


 そうナナエは言いながら階段を走りつつ、ヒアリの姿を探す。


「ヒアリさああああああああああああん!」


 大声で呼びかける。しかし、何も返事はない。クソっ……

 生きている可能性は残っているといったが、本音で言えばヒアリが無事ではない可能性のほうが高い。なんせ、すぐにナナエにくっついてきていたヒアリがずっと戻ってこないのだ。最悪、大穴の底に転落し、二度と会えない恐れもある。


 それでもだ。まだ諦めたくない。ヒアリはあの「死にたがり屋」な性格で、俺とナナエが何も伝えられず何も出来ず本当に死んでしまったのならとてもじゃないが耐えられない。あのとき、目の前で自分のことを話していたときに止められなかった後悔をそのままにするなんて考えたくない。


 神様。ヒアリは良いやつなんだ。ちょっと変な性格をしているけど、いつも笑っているし、明るくて周りを盛り上げようとして、優しくて、誰からも好かれる本当に良いやつなんだ。

 それにナナエもこれ以上泣いてほしくない。だから頼む。ヒアリを生かしてくれ……


「おじさんっ!」


 俺が神様に祈りを捧げているときに、ナナエが声を上げた。見れば指さしている第3層の足場の上に誰かが壁に寄りかかったまま動かなくなっている。


「くっ」


 ナナエは一瞬足が止まる。もし死んでいたらどうしようと思ったんだろう。


(ここにはお前だけじゃない、俺もいる。ひどい現実でもお前と一緒に食らってやるからな)

「……はいっ」


 そして、ナナエは一気に第2層の階段から第3層の足場にいたその人物のところに降り立った。


 そこにいたのはやはりヒアリだった。ひどい傷を追ったのか戦闘服やマフラーには飛び散った血が大量に付着している。そして身じろぎ一つしない。


「あ……ああっ…………」


 ナナエは振るえながらヒアリのそばに近づく。


「そんな……ヒアリさんっ……」


 すでに鳴き声で全身を震わせてヒアリを見ることしかできないナナエ。

 だが、俺は気がついた。


(おい! ヒアリはまだ生きてるぞ! 息をしてる!)

「――――!」


 ナナエもはっとヒアリの姿を確認する。見れば、緩やかな胸の上下が続いている。呼吸をしているのだ。


 生きてる。生きてる。ヒアリは生きていた!


(今すぐ病院に連れて行くぞ)

「言われなくてもわかってます!)


 ナナエは背中にヒアリを背負うと一気に走り出した。頼む。生き延びてくれ。

 俺の心はただひたすらヒアリに生きてほしいという思いだけ満たされていた。


「絶対に、絶対に行きてください! もう私をこんなところに一人で置き去りになんてしないでください!」


 悲痛なナナエの叫びが大穴に広がっていく。


 ―――――――


 結論から言うとヒアリは無事だった。学校の設備では対応できない可能性があると判断され、例外措置として外部から緊急で医者がやってきて、ヒアリの容態を確認していった。

 その結果、ヒアリの身体には深い傷が多数できていたが、命にかかわるものはなかった。先生の話ではヒアリの高い適正値により神々様がヒアリの身体を守り癒やしてくれたのではないだろうかということだった。

 まあ難しいことはどうでもいい。ヒアリが無事。生きている。これだけで今はいいんだ。


 ただ……2つの大きな問題が起きていた。

 

 まず、ヒアリの両足が動かなくなり、立って歩くことができなくなってしまった。医者があらゆる検査を行ったが現在のヒアリの身体は健康でありどこにも障害がないにもかかわらず、足を動かすことができない。

 そのため生活に支障をきたすため、今は車椅子を使って移動するようになった。最初は慣れなかったヒアリもすぐに適応してスイスイ移動できるようになっている。

 

 そして、もう一つ大きな問題がある


 それはカナデ・ヒアリは両足の機能を失ってもまだ大穴の戦場で戦い続けることを望み、そして実際に戦っていることだ。



 第3章 「おっさん、ケンカを売る」に続く

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