第66話 ガラケー破蓋4
第3層の広い足場からナナエは大穴の下を見ている。すでにガラケー破蓋がゆっくりと上昇し、第3層寸前まで来ていた。
(これだと足場からギリギリ手を伸ばして届くぐらいじゃないか? ちゃんとあの破蓋をこじ開けられるのかよ)
(そう言われてもこれしか方法がありません。上にしがみついたまま開くよりかはマシです)
ヒアリが近くにいるのでヒソヒソ会話で周りに聞こえないように話す俺達。
一方のヒアリは指示通り少し上の方で待機していた。万一失敗してナナエが串刺しになったら回収する役だ。
ゆっくりとガラケー破蓋が上昇してくる。このままこっちの足場のところまで黙ってきてくれればいいんだが……
次の瞬間、大穴の内部に再び着信音が鳴り響く。ちっ、やっぱりそううまくはいかないようだな。
「仕方ありません。まずはこの攻撃をやり過ごします!」
ナナエは対物狙撃銃を背負って走り出す。第3層は壁に据え付けられた階段とは別にぐるっと壁沿いに広い足場が作られている。そこをひたすら高速で走って⚡に備える。
やがてガラケー破蓋のアンテナがスルスルと伸び、空間に波が出たと同時に⚡が多数ナナエに向けて放たれた。
無数に襲いかかってくる⚡をナナエは大きく飛び跳ねてきれいに避けていく。かなりの速度でこっちに飛んできているのに、数度見ただけで完璧に対応しているんだから、大したやつだと感心するばかりだ。
――が。運の悪いことにガラケー破蓋が放った⚡の一つが階段の一部を破壊、その衝撃で階段の部品が背後から迫ってきた。ジャンプしていたためまた異性が不安定のままだ。
これは避けられるかわからねえ。おれは間髪入れずに叫ぶ。
(代われっ!)
「はいっ!」
俺はナナエから身体の主導権を得る。これで直撃しても俺が痛いだけで済む――が、できれば痛いのは避けたいので身体を強引に捻って、飛んできた階段の部品を避ける。
「こなくそっ!」
かなりギリギリだったものの階段の部品は俺の目の前を回転して通り過ぎ、そのまま大穴のそこへと落ちていった。
――と、同時に今度はガラケー破蓋がまた⚡を数本ぶっ放してきた。着地までまだ数秒かかり、⚡が俺に届くほうが早い。やばい、避けられるかっ!?
必死に空中で身体を捻って数本を避ける。そして、ようや第3層の広い足場に降り立つが――
ゾリッ。最後の⚡の一本が俺の右こめかみをかすめていったときに変な音がした。そして、
「ぎえええええええええええ!」
半端ない痛みが俺に襲いかかり、自分でもわかるほど情けない悲鳴を上げながら足場の上をどったんばったん転がりまわる。
(ですから、私の身体でみっともない振る舞いはやめてくださいと言っているでしょう!)
「う、うるせーバカっ痛えんだから仕方ねえだろ!」
ギャーギャー文句を言ってくるナナエを放置して俺はダメージ部分を確認する。無意識に右耳を抑えていたが、頬を伝って血がダラダラ流れているのと同時にそこにあるべきものの感触がないことに気がついた。
耳がない。⚡がかすめていったときに持っていかれてしまったらしい。
「うへえあ……いてええ見たくねえ想像したくねえ……」
俺は足場で悶え苦しむ。ただ運のいいことにガラケー破蓋の攻撃は止まっていた。残っている左耳に着信音が聞こえないので、留守番電話サービスにつながったんだろう。あとは治って痛みが引く耐えるしかない。
が、次の瞬間、ガラケー破蓋が俺の視界入ってきた。痛みで悶絶して足場でひっくり返っているので下は覗いていない。つまり、ガラケー破蓋が第3層に到達してしまっている。
(まだですか!? このままでは折りたたみをこじ開ける機会を失います!)
「ムリムリ! 今お前に変わったら激痛で動けなくなるぞ!」
焦るナナエ。俺もすぐに変わってやりたいがとてもじゃないがこれでは無理だ。ナナエが痛みによる精神的ダメージで動けなくなる弱点を抱えている以上、吹っ飛んだ耳が治り、痛みが引くまで身体の主導権を返す訳にはいかない。
『ナナちゃん! ナナちゃん! 痛いの!?』
残っている耳の方に付けられていた通信機からヒアリの声が入ってくるがとてもじゃないが返答する余裕がない。
「あいてててて……早く治れよっ……ひいぃ」
相変わらず半端ない痛みが続いて俺はくもんの声を上げ続ける。どんな致命傷を食らっても死なないくせに、しばらく痛みだけは残るこのクソ半端な能力どうにかならないのか。
「ナナちゃん大丈夫!?」
ここで突然目の前に人影が降り立った。ヒアリだった。
(ヒアリさん!? なぜ降りてきたんです!?)
ナナエはそう怒鳴るがこの状態ではヒアリに声が届くわけがない。
俺も痛みに耐えながら、
「も、戻れ……ここはやべえから……」
しかし、ヒアリは俺から流れ出て足場に溜まっている血を見て、表情を更に曇らせた。少しだけふらついている。
そして、俺に背を向けると、
「ごめんね。私、もう我慢できないよ!」
そう言ってヒアリはゆっくりとガラケー破蓋に向かって歩き出した。
「私がナナちゃんを守る!」
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