第67話 ガラケー破蓋5

「あいつ何やって――あいててて」


 俺は叫んでヒアリを止めようとするが、口を開くと傷が痛んでまともに声がだせない。


(早くして下さい! このままではヒアリさんが!)


 ナナエはさらに焦っている。わかってるが、なかなか痛みが引かねえ。

 

 一方、ヒアリはゆっくりとガラケー破蓋に近づいている。破蓋に対して攻撃する感じじゃない。何をする気だ?


 やがて、再びガラケー破蓋が着信音を鳴らし始める。


(ヒアリさん! 早く離れて下さい!)


 意味がないとわかっていてもナナエは叫ぶのをやめられないのだろう。俺も止めたいのに身体が動いてくれねえ。


 そんな中、通信機からヒアリの声が流れてきた。さっき会話したときに通信を開いたままだったようだ。


『お願いだから……こっちを見て!』


 まるで自分に攻撃を向けようとしている――いや、間違いなくヒアリは自分に攻撃を向けようとしている。あいつ何考えてんだ!?


 やがてガラケー破蓋のアンテナが伸びた。同時にヒアリに向けて、無数の⚡が発射される。

 だが、ヒアリは動かなかった。そのまま次々と⚡がヒアリのいた場所を通り抜け、大穴の壁に突き刺さっていき、土煙でヒアリの姿が見えなくなった。


(ヒアリさんっ!)


 ナナエの声はもう悲鳴に近かった。どう見ても無事じゃ済まない――

 しかし、土煙が引いたあとに現れたのは無事なヒアリの姿だった。どういうわけだか、一発も⚡が当たらなかったらしい。

 さらに⚡が発射されてくるが、ヒアリには当たらずに壁に突き刺さっていく。なんだこりゃどうなってんだ。


 ほどなくして、着信音が鳴り止みアンテナが引っ込んでいった。

 ヒアリはしばらくじっと立ったままだったが、やがてホッとしたように肩の力を抜いたのがわかった。

 そして、再び歩き始める。ちょうどガラケー破蓋の周りを歩き、少しずつ近づいていく。

 いくらなんでも無謀すぎる。俺もやめさせようと、


「近寄りすぎるな! 危険だぞ!」

『大丈夫! 私、今すごいから!』


 即座に返ってきたヒアリの言葉。すごい? なにがすごいんだ?

 声だけでも興奮しているのがわかる。しかも、嬉しそうに感じるのは気のせいか? なんなんだ一体。

 

 俺が考えをまとめるひまもなく、再びガラケー破蓋から着信音が鳴り響いた。そして、アンテナが伸び、⚡がヒアリに向けて撃たれる。

 だが、またヒアリには一発も当たらずにすべて大穴の壁に突き刺さった。

 二回目でだいたいヒアリが何をしているのかわかった、飛んでくる⚡に対して何もしてないように見えたが、実は少しだけ動いている。無駄な動きを全くせずすべて紙一重で避けていたのだ。

 なんでそんなリスクの高い真似をと思ったが、すぐに気がつく。恐らく大きく飛び跳ねたりすると、破蓋から離れてしまい俺に向かって攻撃をされる可能性が出てくるので、ガラケー破蓋にヒアリは狙いやすい対象だと認識させているのだろう。

 同時に俺は妙な違和感を覚えていた。たしかこの感覚はミナミが能力を使っていたときにも感じていたものだったが……いや今はそんなことどうでもいい。


 ヒアリはなんの迷いも躊躇もなく破蓋に向かって進む。


 すげえ。俺は思わず感心してしまった。ってそんな場合じゃない。感触的に耳はすでに再生しているが痛みが絶賛継続中だ。もう消えてもいい頃合いなんだがまだかよ。


 ヒアリが華麗に避けている間にさっさとナナエに身体の主導権を返したいと思っていたが、ここでヒアリが攻撃をやめたガラケー破蓋に向けて一気に飛びかかってしまった。おいおい、今度は何をするつもりだよ!


 すでに足場から少し高く離れてしまったガラケー破蓋の上にヒアリが飛び乗った。そして、両手にもっていた鉈を折り畳まれたガラケー破蓋の隙間にねじ込む。


「開いて~!」


 そして、強引に開こうとし始めた。当然踏ん張りの効かない無茶な態勢なのでピクリともしない――いや違う。ジリジリと少しだけ開いている。しかし、それでも中の核が見えるには程遠い。


(まだですかっおじさんっ!)


 ナナエが喚き散らしている。さっきよりは痛みは引いているが……


「まだ結構痛いぞ。大丈夫か?」

(……耐えてみせますっ!)

「わかった。戻すぞ」

(はい!)


 身体の主導権をナナエに返す。すると、残存していた痛みにナナエは少しふらつくが、それでもなんとか耐えて対物狙撃銃を構えた。


「ヒアリさん危険です! 離れて下さい!」

『私がこれをこじ開けるからっ! ナナちゃんは撃ってっ!』


 だがヒアリはしがみついたままこじ開けようとして離れようとしない。


「駄目です! もし攻撃が――」


 ナナエがそう叫んだ瞬間、また着信音が鳴り響く。ヤバイ、いくらヒアリの回避術が優れているからと言ってもあんな状態で攻撃を受けたら避けられるはずがない。


『絶対っ! 開けてみせるっ! もうナナちゃんに痛い思いはさせないっ!』


 ヒアリが通信機越しに叫び、さらに少しだけガラケー破蓋が開く。だが、まだ核は見えない。攻撃は間近だ。


(今からじゃもう逃げようがねえ! ヒアリを信じるしかねえぞ!)

「もうっ!」


 ナナエは対物狙撃銃を構える。

 スルスルとガラケー破蓋のアンテナが伸び始める。もう⚡が発射されるまで数秒もない。


 その時、一瞬だけ、本当に一瞬だけ赤い輝きが見えた。あのガラケー破蓋の核だ。


「破却しますっ!」


 もう反射と言っても良い速度だっただろう。一瞬の間もなく、ナナエの叫びと同時に激しい発砲音が響いた。


 そして、見事にガラケー破蓋の核を撃ち抜いた。

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