第68話 揉め事は無駄

「……ギリギリ……でしたね」


 残っていた痛みが精神的に効いてきたのか、あるいはヒアリの命をかけた一発が命中して緊張の糸が切れたのか、ナナエはがっくりとその場に膝をつく。

 ナナエの正確無比な一撃がガラケー破蓋の核をきれいに撃ち抜いたが、ヒアリが強引に折りたたみ部分をこじ開け、核の赤い輝きが見えたのは本当に一瞬だけだった。にもかかわらず、完璧に撃ち抜くんだからナナエの腕はやはりすごい。


 やがて核を失ったガラケー破蓋はバラバラと崩れ落ち始める。


「わっわっ!」


 しがみついたままだったヒアリは慌てて足場に戻った。ほどなくしてガラケー破蓋は完全に崩壊し大穴の底へと落ちていく。


「ふえー、助かったよー……」


 足場に座り込んでしまうヒアリ。

 それを見たナナエはすぐに目くじらを立てながら駆け寄り、


「ヒアリさん! なんであんな――」

(まあ落ち着け)

「――ぎっ!」


 俺が三度止めるとナナエは変な歯ぎしりをしてから、そそくさとヒアリから離れて、


(なんですか! 今度という今度は抗議しないわけにはいきませんよ! 危うくヒアリさんが死ぬところだったんですからね!)


 完全に頭に血が登ってしまっているナナエ。だが、俺も気持ちはわかるので、


(お前の言っていることは理解できる。ヒアリが危うく死ぬところだったのは間違いない)

(だったら注意するべきでしょう!)

(でも、もしヒアリがああまでしなかったあのガラケー破蓋どうやって倒せばよかったんだよ?)

(それはっ――)


 ナナエは反射的に答えようとするが、良い答えが見つからなかったのか言葉を止める。俺は続けて、


(実際問題、あのままだったらあのガラケー破蓋に手が出せず下手したら地上まで出て人類滅亡だったかもしれん。ヒアリが命をかけてああしたのは正解だったのは間違いない。ただの結果論だけどな)

(……一体何が言いたいんですか)


 ぶすっとした感じのナナエ。ちょっと落ち着いたようだ。


(結果論とはいえうまくいったわけだし人類滅亡も阻止した。これに対して怒るのは駄目だと思うぞ。少なくともどんなやり方でも困難をやってのけたのなら、まずは認めてやろうぜ。注意するとかはその後でいい)


 そう俺が告げるとナナエはまだぶすっとしたままで、


(駄目駄目なおじさんのわりにたまに、極稀に、とても貴重な感じで反論できないことを言ってくるから困ります)

(そこまで言わなくていいだろ……)


 相変わらず一言二言多いやつだな。


(俺の経験上の話だよ。きっちりやったのに教えたやり方と違う!とか言ってくるおばちゃんにしょっちゅう遭遇したかな。教えた通りじゃないと気がすまないらしいが、やりづらいったらありゃしない。あんな揉め事は時間の無駄だ無駄)


 そんな俺の話にナナエはやや肩を落として、


(……そんな歪んだ世界での経験によるものですか。私も冷静さを失っていたということでしょう。そもそもあそこで負傷しなければ作戦はうまくいっていたはずですし、責任は私にあるということです)

(いやいや、耳がもがれたのは俺せいだし、お前は別に悪くないぞ。そこまで自分に責任を押し付けることもない)

(なら遠慮なくおじさんのせいにしておきます。破蓋の攻撃を被弾したのはおじさんなのは確かですし)

(こいつぅ)


 落ち込んでいるのかと思いきやすぐにこれだ。

 落ち着きを取り戻したナナエはヒアリのところに戻り、


「今回はヒアリさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」


 そうペコリと頭を下げる。これにヒアリは慌てふためき、


「そっ、そんなことないよ! それにごめんね! ナナちゃんの指示を無視しちゃって! ……私駄目なんだよね。誰かが困っていたりするのを見るとつい身体が勝手に動いちゃって……」

「この学校にいるのはみんなそういう人ばかりですよ。ヒアリさんだけではありません」


 そう言ってからナナエは頭を上げると、


「ただ何度も言っていますが無謀で危険なことは避けて下さい。今回はヒアリさんの判断が正しかったですが、いつもそうとは限りませんから」

「……うん」


 ヒアリはそう答えるものの、あまり声に自信が感じられなかった。まあ英女の適正値が高いってことは自己犠牲心が強いってことだからな。いざってときは無茶でも何でもするだろう。

 

 ただ。俺の脳内でヒアリの行動がフラッシュバックする。動けなかった俺――ナナエに攻撃が向かわないようにガラケー破蓋に近づき、少しでもミスをすれば⚡が直撃して死んでいたような紙一重の避け方。まるで、いつでも死んでもいいみたいな感じすらする。

 英女候補生として学校では確かに自己犠牲心が強い生徒ばかりが集まっているが、ここまで強いのだろうか? ナナエもそこまでするだろうか。

 俺にはなにか嫌な感覚がしつつあった。


「今日の任務は終わりました。帰りましょう」

「うんっ!」


 二人は大穴の外に向かって飛んでいった。

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