第46話 距離感
「ああ~、生き返りますぅ~」
相変わらず真っ暗な風呂でナナエは恍惚な声を上げる。ミナミが戦死してしばらくは風呂でも鬱々していたものの最近になってようやく気持ちを持ち直しつつあるようだ。
(んで、どうするんだよ)
「なんのことですか」
(さっきの書類、新しい英女と同居するかの意志を確認するやつだろ)
さっきナナエが渋い顔して見ていた用紙には新しい英女のカナデ・ヒアリと同居するか書いてあった。
ナナエはぶくぶくと顔を湯船に少しだけ沈めて、
「おじさんが気にするようなことではないでしょう」
(いいや、あるね。お前と俺は離れられないんだし)
「なら最初から答えはわかりきっています。おじさんがいるところに、他の生徒を近づけたくはありません。穢れが移ってしまいます」
(バイキン扱いかよ、ひでーな。まあわからんでもないんだが)
「自分であっさり認めるところがおじさんのなおさらひどいところだと思います」
やれやれと湯船の中で肩をすくめるナナエ。だが、しばらくしてうつむき加減になり、
「……正直に言いますとどうすればいいのか悩んでます。元々ここの寮は二人一部屋で、英女は同じ部屋に入るというのは話したと思います」
(ああ、そんな話してたな)
「二つ前の英女に選ばれた人とはとても気があって公私共に親しくしました。学校では同じ教室だったので休み時間も一緒にずっとお話したりしていました。寮にもいつも一緒に帰ってお話もたくさんし遊んだりもしました。気もあっていたので破蓋での戦闘でも効率よく連携し戦っていました。私はきっとこの人ならずっと一緒に戦っていけるのだろうと信じていました。しかし……」
(やられちまったのか)
ナナエは小さく頷き、
「……それもあまりにあっけない終わり方でした。新型の破蓋も何度戦い破却していたので油断していたのかもしれません。その破蓋は毒の霧を噴射する攻撃方法を持っていたため、接近したのと同時に即死しました」
(毒? 化学兵器とかそんなのまで現れるのか)
「私が破却した後に、先生が形状と攻撃方法から解析した結果、恐らく殺虫剤だったのではないかと……」
うあ、そりゃキツイ。ゴキジェットみたいなを噴射とか俺も喰らいたいとは思わない。
ナナエは声のトーンをとしたまま、
「その人は戦いの前にこう言っていたんです。絶対に置き去りにしないと。なのにあまりにもあっさり戦死してしまい、その亡骸も相当悲惨なものだったので衝撃が大きく……慰霊の儀式もまともに執り行うことが出来ず、ふさぎ込んでしまいました。しかし、破蓋は容赦なく浮上を続けていたので、しばらく私は一人で戦い続けました」
俺は黙って聞いている。
「もう一人でいいという思いでしたが、破蓋は強力であり私だけでは対処できない現実があります。だから、新しく英女として選ばれたミナミさんとはあまり親しくせずできるだけ距離をとっていました。そのせいか、今回は慰霊の儀式も……」
ここまで言って小さくため息を付き、
「私、ひどいですよね」
そうポツリと言う。
「わからないんです。今はもしもっとミナミさんと親しくして連携をきちっととっておけば戦死せずに済んだんではないかと考えてしまってます。ですから、次の新しい英女とはどう接していいのか迷ってしまっていて……」
(お前が選んだ結果だろ。なら受け入れるしかねえ――)
俺はそこまで言いかけたが慌てて、
(ちょっとタンマ、今のナシ、そういう話をしているんじゃないよな。えっと、これが現実だとか――それも違うな、ミナミはそんなことを思ってないぞ――死人の口を勝手に代弁するのは論外だ……ええっと)
俺が苦悩していると、ナナエはクスクスと笑い、
「無理して気を使ったことを言わなくていいですよ」
(本当になんて言っていいのかわからねえんだよ)
こういうときにかっこいいことを言えない自分が苛立たしい。俺は少し考えてから、
(とりあえず、新しい英女のカナデ・ヒアリってのに会ってみてから考えようぜ。いけ好かないやつだったり、性格的に合わなかったりするなら、親しくするっていう選択肢自体なくなるだろ)
「問題の先送りですか?」
ナナエは出した答えがそれかと呆れ気味でため息をつく。
(今考えてもしょうがないやつは後回しにしとけよ。今やらなきゃいけないことを終わらせてから考えりゃいい。時間はまだあるからな)
「まあ……そういうことにしておきましょう」
(いろいろ考える気持ちはわかるし、前も言ったけど愚痴ぐらいなら聞いてやるからな)
「……ありがとうございます」
少しだけ湯に顔をつけるナナエ。
(しかし、過去最高の適正値で最強の英女なぁ……どんなやつなんだろう)
「学校にいる人はみんないい人なのでそれよりも正確に問題があるとは考えにくいので、もっと自己犠牲と他者への奉仕に満ちた人ということになるはずですが、正直想像できません」
ナナエもやや不安げな表情を浮かべた。
カナデ・ヒアリ。一体どんな奴なんだか。
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