第45話 転校生
「転校生……ですか?」
放課後、先生に呼びされたナナエはいつもの薄暗い部屋で怪訝な顔をしていた。
要件は予め伝えられていた通り、新しい英女についてだった。
先生は相変わらず優しげな笑みを浮かべたまま、
「はい。次の英女が神々様によって選ばれました。しかしながら、現在この学校には在籍しておらず、まだ一般人として生活しているため、この学校に転校するように手続きを進めています」
学校外でも選ばれるんじゃわざわざここの生徒をこんな場所に閉じ込めておく必要があるのだろうかと思うが、少しでも適正値を維持できる環境を用意して英女候補生の数を維持したいのかもしれない。
先生は話を続け、
「神々様からの神託がありました。近々、かつてない脅威がこの世界を襲うと。そのため、この学校にいる生徒だけではなく、私達の国全てで英女として適正があると思われる少女を再調査しました。その結果、今回カナデ・ヒアリさんという少女が見つかりました。そして、数日前極秘に大穴近くへ来てもらい、無事神々様からも英女として選ばれました」
「来た早々に選ばれたんですか?」
「ミチカワさんもこの学校に来て数ヶ月で英女として選ばれたではありませんか。不思議なことではないでしょう」
「それはそうなんですが……」
ナナエはどこか納得できない様子だ。一方先生は相変わらずの淡々とした喋りで書類を確認し、
「英女を選ぶのは神々様なので誰がなるのかは難しいところですが、学校側としては今回カナデさんが英女に選ばれる可能性は極めて高いと判断していました。なぜならば、彼女の適正値は過去最高を計測しているからです」
「過去……最高?」
過去最高。この話にナナエは目を丸くする。過去最高って、確か適正値は人が良いとか他人のためにどのくらい自分を犠牲にできるかとかそんなので上がるんだったよな。ナナエみたいな変なのもいるが、他の生徒はみんな困っている人を見つけたら駆けつけるようなのばっかりだが、あれよりもすごいってことか? どんなやつなんだ。
「この数値から判断して恐らくカナデさんは過去類を見ないほど強力な英女になるでしょう。彼女の力を持って今後予測される最悪の破蓋の襲来に対応する形になります」
「…………」
ナナエは少しうつむいて考える素振りを見せる。なにか思うところでもあるんだろうか。
とはいえ、神々様っていうのが判断したのならナナエも異存はないだろう。と思いきや、予想外のことを言い出す。
「しかし、この学校にいる生徒はみんな英女になることを志し、それを目標として鍛錬を続けています。それなのに突然学校外の人が英女に選ばれ、転校してくるというのはとても納得行く話ではないと――」
「ミチカワさん」
先生はナナエの言葉を遮り、
「この学校にそんな事を考える生徒はいません。あなたもよくわかっているはずです」
「……はい」
「全ては神々様がお選びになったことです。私達はそれに従うのみ。ただそれだけです」
「わかってます……」
全く言い返せないナナエはただ頷くことしかできなかった。
先生は新しい英女についての書類をナナエに手渡し、
「辛いことも多いでしょうが、英女は人類最後の砦です。新しい英女もあなたが導いてあげてくださいね」
「…………」
ナナエは無言で頷いた。
――――
「カナデ・ヒアリさん、か」
寮の自室に戻った後、ナナエはもらった書類を確認していた。
氏名:カナデ・ヒアリ
性別:女性
年齢:13歳
成績:良好
運動:良好
健康状態:良好
性格:明るく気さくで誰とでもなれる
貼られている写真を見るとやや茶色の入った髪を二つのおさげにしている。年齢は13歳とナナエよりもひとつ下だが、キツめな顔のナナエとは対象的に可愛らしい女の子っぽい顔立ちだ。全身写真を見る限り、年相応の体つきで別に得意な感じはない。
ちなみに体重だのスリーサイズだのも書かれているが、黒で塗りつぶされていた。プライバシーの配慮ってやつなんだろうか。いやそんなこと教えてもらっても破蓋と戦うのにはなんも関係ないから別に知らなくてもいいんだけど。
それにしてもだ。
このカナデ・ヒアリっていう娘。なんか妙に可愛く見える。小動物っぽいというか猫っぽいというかこうマスコット的な可愛い感じでたまらん。可愛いなぁ。
「今、変なことを考えてませんでした?」
(いや別に)
鋭く突っ込まれたのでしらばっくれて、
(ところで英女が学校外から選ばれるってことは今までもあったのか?)
「私が英女をやっている間はそういう事はありませんでしたし、かつての記録も知っている範囲ではないはずです。なので正直に言うと困惑しています」
うーんとナナエは首をひねる。
(なんかやべえ破蓋が現れるとか言ってたな。そんな話も前はなかったのか?)
「強力な敵が現れるということは言われました。確かにその時は新型でかなり強い破蓋が浮上してきましたが、なんとか撃退しています」
(でも今回はわざわざ全国で調査して新しい英女を見つける必要があったってことだろ。つまり、お前とかこの学校の生徒じゃ対応しきれないレベル――規模とか強さの破蓋が浮上してくると予測されているわけだ」
「…………」
俺の話にナナエは無言だが、何か納得行かない顔をまたしている。俺はこれにピンときて、
(あー、わかったぞ。よそから新人連れてくるって言われて、自分たちの縄張りが荒らされるとかそういう感覚になったんだな。底辺現場だとよくあるぜ。仕事量パンパンで時間も足りてないのに、変なおばちゃん軍団が仕切っているからそこの中に新しいやつ入れたがらなくて、無駄に厳しく追い返すって最悪の現場。俺はそういう考えは駄目だと思うぞ)
「そんなおじさんの経験談と一緒にしないでください!」
仰天して抗議の声を上げるナナエ。
(じゃあ、なんだよ)
「……なんと言えばいいのか、うまく表現できないんですが、これではまるで私や他の生徒達の努力が否定されたみたいな感じがしてしまって」
あー、なるほどな。新しい問題にここにいる人じゃ対処できないから大型新人を連れてくるってわけだし、ある意味ナナエたちを間接的にバカにされたように感じるってことか。
もしかしたら俺を追い出そうとしていたバイトのおばちゃんグループもそんな感じだったのかもな。でも社員に聞いたらあのおばちゃんたち仕事が残っていても帰るからとか行ってたし、頑張って仕事こなそうという意志はなかったようだぞ。やっぱり自分たちの空気を守りたかっただけか。
まあそんなことはどうでもいい。
(つっても神々様が選んだんだろ。なら従うほかないわな)
「だからもやもやしたままなんです」
ここでナナエは別の書類を取り出す。その中には新規英女との同室部屋を希望するかどうかの申請用紙だ。
ナナエはしばらくそれを渋い顔で見つめ続けてきたが、
「ああっ、もう考えが上手くまとまりません。お風呂に入ります」
そう言って部屋の電気を消し中を真っ暗にした。
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