第171話 ストレートに話そう

「…………」


 俺が先生にどけと言ったら、なんかぽかんとした顔になってしまった。

 これにナナエが呆れ声で、


(もう少し言い方というものを考えなかったんですか……? そのような言い方では周りの神経を逆なでするだけでしょう……)


 なんか哀れみまで込められてしまった。俺は口をとがらせて、


「うっせ。今は仕事中だぞ。さっさと仕事を終わらせて家に帰って寝たいのにこんなところで無駄な時間を過ごしてられるか。大体立ちっぱなしだと足の裏がヒリヒリてくんだよ。これが割と辛いから1秒でもいいから時間を無駄にしたくねえ」


 ついに口に出していってしまった。

 すると先生は唖然とした口調で、


「誰……なの?」


 どうやらナナエとは別人になっていることに気がついたらしい。とはいえ、今は説明している暇なんてないので、


「事情はあとで説明するんでとりあえず今はここから安全なところに移動を――」

「おじさん」


 俺がとにかくどくように言おうとしたところ、背後からヒアリの声が飛んできた。振り返るとヒアリはさっきまでと同じく可愛らしい顔のままだったが、


「私、先生の話が聞きたい。私はどんな人の言葉も気持ちも感情も肯定してあげたい。でもそのためには話を聞かないと無理だから」

「いやでも破蓋が――」

「大丈夫」


 俺が食い下がるとヒアリは鉈を両手に構えて、


「もし破蓋さんが出てきたら私がすぐにやっつけちゃうから。ヒアリちゃんにまっかせなさーい♪」


 そうててーんと可愛らしく微笑む。かわいすぎて鼻血が出そう。

 ……いやしかし、どう考えても先生は時間稼ぎしているよな? ヒアリのかわいさに免じて話を聞いてやるとまさに思う壺だ。とはいえ、天下のヒアリさんがああ言ってるしかわいいし、ここで断るのも気が引けてくるし――


(もういいので先生と話をしましょう。ヒアリさんもああいっていることですし、もし破蓋が出てきたら私に変わってください)


 ナナエもこう言い出したので仕方なく先生に事情を聞いてみることにする。


「で、なんであんな真似したんスか。俺――私も爆発に巻き込まれて大怪我ですよ。学校も大騒ぎですし……」

「全てはこの世界を終わらせるため」

「は?」


 いきなり先生がとんでもないことを言い出して俺は唖然としてしまう。なんだまた引っ掻き回す気か?

 俺はため息をついてから、


「で、なんで世界を終わらせたいんですか。自分も死にますよ」

「死にたいからよ」

「え?」


 また変な言葉が返ってきて俺は困惑してしまう。


(もーやだこの人何いってん頭おかしいんじゃないの?)

(投げ出さないでください。最後まで先生の話を聞くんです)

(はいはい)


 ナナエに諭されて話を続ける。


「でなんで死にたいんスか。死にたいのなら止めはしませんが、こっちまで巻き込むのはやめてほしいんですけど」

(ちゃんと止めてくださいっ!)

(えー)


 そうナナエから突っ込まれてしまったが、そんな説得面倒臭すぎる。どこで死のうが俺の知ったこっちゃないし俺が巻き込まれなきゃ何でも構わんよ。まあナナエとヒアリと工作部の連中が巻き込まれるのも嫌だけどな。


 そんな事を言っていたら今度は先生から話し始める。


「私が過去に英女として戦った記録はみたんでしょう?」

「あ、はい。なんかいろいろ大変だったみたいですね。鉄骨を作って破蓋を浮上して来るのを止めようとして――」

「――やめて!」


 俺が鉄骨の話をした途端に先生が頭を抱えながら足場を手で殴りつけた。なんだよこいつやべえよ。

 先生は震えたまま、


「あの時! あの時はそうするのが正しいって思ってた! 何度も浮上してくる破蓋……傷ついていく仲間たち……それらを根本から止めなければならないと思った! だから大穴の底の方で防御陣地を新しく作って、そこに蓋を作れば破蓋はこれ以上浮上できないからって! でもみんなも反対しなかった! 賛成して私の計画に協力するって言ってくれたのよ!」


 先生の言葉は嗚咽と後悔にまみれていた。聞いている方の精神がゴリゴリ削られるほどに重く辛い記憶の言葉を浴びせてくる。


 あの大穴の下の方に設置されていた鉄骨の本当の目的はあそこに蓋を作るためだったのか。まあ確かに鉄骨だけじゃ止めるのは無理だからなぁ。


 とはいえ、無謀な計画なのは間違いない。ミミミのやつが聞いたら激怒しそうだ。しかし、この学校には適正値が高い――つまり自己犠牲心の強い少女しかいない。恐らく無謀な計画でも力になりたいと申し出る英女とクラスメイトがたくさんいたんだろうよ。それが悲劇の始まりだ。


 話のタガが外れたのかさらに先生は続ける。


「それで完成させようとして何人もの英女と一緒に蓋を作り上げようとした。でも底に近くて熱もひどく、破蓋も阻止するためにいくつも浮上してきて何人も――何人も何人も何人も何人も仲間が死んでいった!」


 俺はその先生の独白みたいな言葉を黙って聞いている。ナナエもヒアリもただ耳を傾け続けた。


「そのうち今度は私が失敗して蓋の建設部分に取り残されてしまった。体力も限界、これ以上もたないってところでやっと助けが来てホッとした――でも、返った後に聞かされたのは私の救出の際も破蓋が何度も現れて仲間が犠牲になったこと。その時点で私は壊れてしまった」


 そして、ポツリという。


「だから……死にたいの」

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