第170話 逸らし

「先生」


 第3層まで降り立ったナナエとヒアリ。そこにはぽつんと先生が足場に腰を掛けている。冷え込むせいか大きなブランケットみたいなものを羽織っていた。


「……来ましたか」


 先生はこちらを見ることなくただ大穴の下の方をじっと見ていた。何を考えてやがる……


 ナナエは一歩先生に近づき、


「先生。破蓋が浮上してきています。学校でいろいろありましたし、今までもいろいろあったようですが今は何も聞きません。ここから退避してください」

「どうするのですか?」


 先生の問い。その言葉はいつもと同じく優しげなものだ。しかし、学校で金釘入り爆弾でズタズタにされたのを思い出すと気味が悪い。


 ナナエは自分の武器を整えつつ、


「破却します。複数いた場合はすべてです」

「対話するのではなかったのですか?」


 その先生の指摘にナナエは一瞬言葉をつまらせるものの、


「はい、大穴に現れた破蓋は基本全て破却です。当然その戦いの中で安全が確保されたになり、破蓋との接触が可能な機会があれば、破蓋との対話を試みます」

「それでうまくいくと思いますか? 確かに破蓋が意思を持っているというのはかなり昔の段階で判明しています。英女との戦いでも知能がなければありえない連携攻撃を行い、それを証明しています」


 先生が微妙な話のそらし方をしている――ような気がした。

 一方ナナエは先生の言葉を最初は黙って聞いていたが、やがて目くじらを立てて、


「本気で言っているんですか! それはどう考えても先生が破蓋に私達の情報を伝えて――」

「私が英女として戦っていたのはもう知っていますよね? その時の破蓋は何度も連携を取り私達の命を奪いに来たのです。何人も何人も傷つき、死んでいきました」


 先生の言葉にはいつもの優しげな口調の中に悲しさが混ぜ込んである。だが、ナナエは食い下がり、


「工作部の人たちと確認しています。私の仲間が死んだときも、ミナミさんが戦死したときも破蓋の行動はこちらの情報を知った上で動いていたとしか考えられません。そして――」


 ナナエはポケットから携帯端末を取り出し、


「この端末に外部から遠隔操作できる機能があることを確認しています。また音声や録画機能を使って映像を記録することもできました。これは先生が仕組んだものでしょう」


 そう携帯端末を突きつける。しかし。先生は口調を全く変えずに、


「確かにその携帯端末から私の情報機器へ自動で情報が送信される仕組みになっています。しかし、これは英女との戦いを逐一記録し、解析し、保管するためのものです。この記録がこの後に続く英女たちの戦いに大きく役に立つものですからね。当然の措置だと思っています」


 おいおいただの盗撮じゃねーか。まさかヒアリの携帯端末のカメラから裸画像を録画していたりしないだろうな? あったら即消せや。

 てか何この会話は。俺ら破蓋を倒さないといけないんだが…


 だが二人の論戦はまた続いている。ナナエがつばを飛ばしながら、


「し、しかし……今回の破蓋の行動は完璧すぎます。私を捕らえて大穴の底に落とそうとする。そして、脱出するときに破蓋が現れる。これは明らかに誰かが破蓋に情報を流すか、指揮をしているとしか思えません」

「ですから、さきほどから言っているようにそういった破蓋の作戦や連携は何度も確認されているわけです。それだけで私が破蓋に情報を流したという証拠にはなりません。ただの推測です」

「ぐっ……ですが、まだ他にも――」

(おい、ストップストップ)


 見かねた俺がナナエを止める。するとナナエは目くじらを立てたまま、


(ストップってなんですか)

(やめろってことだ)

(なぜです!? 先生にはいろいろ聞きたいことがあるんですよ!)

(お前さっき自分で聞きたいことは後回しだって言ってただろ)

(あ)


 ここでナナエがミスに気がつく。こいつの自己犠牲心と他者への奉仕精神の発現の仕方は「他人の話をどんな状況でも聞くこと」だ。こんな状況でもナナエの聞くグセみたいのは止められず先生のペースに巻き込まれている。


(すみません……)


 ナナエが凹んでしまう。かと言ってこのままでは話が進まないので、


(俺に代われよ。お前だと先生の話を聞いてしまう)

(いいんですか?)

(時間ないしな。先生を追い払えばいいんだろ? 簡単簡単。それに俺ならあの先生の言葉をいちいち聞いたりしないからな)

(……わかりました)


 そして、俺とナナエの身体の主導権が入れ替わる。


 先生に話しかける前にヒアリの方をちらりと見る。何を考えているのかわからないがいつもの笑顔のままじっと先生の方をみている。


 と思いきやこっちの視線に気がついてにっこり笑顔で手を振ってきた。よくわからないが、今は静観するようだ。


 さてと。俺は一歩先生に近づいた。


「邪魔なんでどいてもらっていいですか?」

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