第82話 スマフォ破蓋4

 これで急須破蓋1体と電動シェイバー破蓋2体が追加。元から電動シェイバー破蓋が2体とガラケー破蓋がいるので、これで向こうは全部で7体だ。しかも、いくら倒してもスマフォ破蓋がすぐに新しいのを呼び出してくる。


(なあ、正直に答えてほしいんだが)

「なんですか戦闘中ですよ」


 ナナエは対物狙撃銃の弾を装填している。


(勝てる感じはあるか?)


 俺の問いにナナエは一旦装填作業の手を止めた後、


「正直に言えと言われたのでそうしますが、かなり状況は厳しいと言わざるを得ません」

(だよなあ)

「しかし、逃げ道などありません。私達が諦めれば世界の終わりです」


 ナナエは気合を入れ直すように強く弾倉を対物狙撃銃に装填する。

 なんとかするしかないなんて、人手不足で正社員が死にそうな顔で働いているブラックな倉庫で散々聞いた言葉だ。ああいやだいやだ。

 しかし愚痴って泣き言を言っても何も解決しないので、対策を練らなければならない。


(で、だ。ちょっと思いついたんだが、このまま粘りに粘ってガスコンロ破蓋が出てくるのを待つってのはどうだ? もし出てくれば前と同じように一緒に誘爆させりゃ良い)

「悪くない提案だと思いますが、その場合はヒアリさんに大穴から離脱してもらう必要がありますね……」


 ナナエは対物狙撃銃で近寄ってきた電動シェイバー破蓋を弾き飛ばす。確かにガスコンロ破蓋を誘爆させると大穴全部が吹っ飛ぶ。ヒアリがその場にいれば確実に命を落とすだろう。ナナエが不死身の能力を持っているからできる荒業だ。


『ナナちゃんナナちゃん! さっきからなにか暑くない!?』


 唐突にヒアリから連絡。暑い? ナナエから身体の主導権をもらってない場合だと気温を感じることができないが……

 ふとナナエは額を戦闘服の袖で拭った。すると袖がぐっしょりと汗で濡れている。


「確かになにか暑いですね……っと!」


 ここで電動シェイバー破蓋の1体が襲ってきたので階段を登ってかわす。


 ――その時だった。ずっとスマフォ破蓋の核を守るようにじっと動かなかったガラケー破蓋が突然消滅した。そのため電源ボタンの部分の核が丸見えになっている。

 なんだ? なんで消えた? いやそんな事は考える必要はねえ。


(おい!)

「わかってます!」


 ナナエは即座に反応して対物狙撃銃を発砲した。しかし、ギリギリのところで近くをうろついていた電動シェイバー破蓋の1体が盾になり、弾き返した。


「まだです!」


 電動シェイバー破蓋は軽いので被弾すればふっとばされる。またスマフォ破蓋の核が見えたので、さらにもう一発発砲するが、今度は急須破蓋が盾になって弾を跳ね返してしまった。こいつはむちゃくちゃ硬いので、これではまた核を攻撃することができない。


(ああ、くそ!)

「私の声で下品な口調はやめてくださいと言っているでしょう!」


 俺の愚痴にナナエが抗議するのと同時にまたスマフォ破蓋のアプリインストールが始まり、今度はハサミ破蓋が出現し切りかかってきた。

 かなりの速度で迫ってきたのでナナエは距離を取るためにジャンプする。

 そこで俺は気がついた。スマフォ破蓋のディスプレイ上部にインストールのときの「↓」とは別に⚠マークが出ている。あれってなんだったっけ?


 そんな事を考える暇もなく、今度は電動シェイバー破蓋2体が襲ってきた。これは避けられるかわからない。


「おじさん!」

(しゃあねえな!)


 俺はナナエから身体の主導権をもらう。しかし、直撃したら痛いので、イチかバチかで電動シェイバー破蓋の振動する内刃を蹴飛ばした。

 変な振動で身体が震えるが、ダメージを受けずに反動で電動シェイバー破蓋との距離を取れた。


(おじさん、そっちは!)

「――ん? げっ!」


 無我夢中で蹴っ飛ばしてしまったので、俺が反動で飛んだ方はスマフォ破蓋の方だった。近くで核を守っていた急須破蓋が今にも殴りかかって来ようとクルクル回転し始めている。

 やっべ、核が近いところにあるし、もしかしたらチャンスができるかもしれないが、急須で殴られるのもゴメンだ。そもそも俺では上手く核を狙い撃てる自信もねえ。ここはスマフォ破蓋に乗っかって階段まで戻ったほうが良い。


 しかし、スマフォ破蓋の上に乗るには飛距離が足らなかった。これでディスプレイ部分にぶつかる――


「なるようになれ!」


 俺はヤケクソで叫んで手を伸ばしてスマフォ破蓋の上部に手を伸ばして捕まった。そして、英女の馬鹿力を利用してスマフォ破蓋のディスプレイを蹴っ飛ばして階段まで戻ろうとするが、


「――あっちい!」


 脳天まで響く痛みが俺の手のひらに広がった。まるで誤ってフライパンの熱いところを握ってしまったときみたいな激痛だ。

 あまりの痛みで頭がくらくらするが、ここで反射的にスマフォ破蓋にしがみついた手を離せばそのまま大穴の底まで落下だ。俺は激痛に耐えながらスマフォ破蓋のディスプレイを蹴飛ばし、その反動を利用して壁の方に戻る。

 あいにくナナエのように上手く飛んだりすることはできないので、思いっきり大穴の壁に衝突して階段の上に落ちる。


(おじさんどうしたんですか!? というか敵が迫ってきているので動いてください! いえ、私に身体の主導権を返してください!)

「ダメだ!」


 ナナエの言葉に俺はすぐに拒否して階段を登り始める。その間に恐る恐る手のひらを見る――


「げえ!」

(ひっ!)


 俺とナナエは短い悲鳴を上げてしまった。手のひらはひどい火傷で言葉にして表現したくないような状態になっている。


 さっきヒアリが暑いと言ってたし、ナナエも汗まみれになっている。俺も身体の主導権をもらっている状態になったおかげで、この周囲がやたらと暑いのを感じている。その原因はどうやらスマフォ破蓋が熱を発しているかららしい。なんでスマフォがあんなに熱くなってんだ。


 そんなことをしている間にヒアリがハサミ破蓋を倒したらしく、崩壊した残骸が大穴の底に向かって落ちていっていた。


『ナナちゃんまた一つ倒したよ! でもなんか変なんだよ! もう一つのひげ剃りさんが突然消えちゃった! 私何もしてないのに!』


 少し上の方で電動シェイバー破蓋と戦っているヒアリから通信が入る。どうやらさっきガラケー破蓋が突然消えたのと同じ現象が起きたらしい。


 これで数が減ったのなら少しはこちらに戦況が傾くかもしれないが、スマフォ破蓋はまた別の破蓋を呼び出そうとアプリインストールを始めていた。


「ちっ、これじゃキリがねえ。もう痛みも引いたし戻すぞ」

(はい!)


 ナナエは身体の主導権を取り戻した後、即座に耳につけている通信機で、


「これではこちらが押し負けます! 一旦第3層まで後退して態勢を立て直します!」

『りょーかい!』


 ヒアリも同調し、二人は上へと向かって移動していく。


 破蓋を呼び出す破蓋。前から思っていたが、この破蓋ってのは元の存在の価値を拡大解釈してモンスター化しているフシがある。アプリをインストールするという行為を別の破蓋をどこからか呼び出すという能力にしているぐらいだ。


 このままではまともに戦ってもこちらに勝ち目はない。やっぱりこいつを倒すにはガスコンロ破蓋を呼び出させて誘爆させるしかない。

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