第27話 底辺スキル
新型の破蓋の出現の連絡から25分後。
「ミナミさん、そちらの状況はどうですか?」
『ごめんナナ。急いでいるんだけどもうちょっと掛かりそう』
「慌てずに確実にお願いします。こちらはもうすぐ破蓋と接触する予定です」
『えっ。まだあと20分ぐらい余裕があるはずじゃなかった?』
「先生から連絡がありました。途中の観測地点からの情報によると破蓋の浮上速度が上がり、予想よりもかなり早く第6層に到達するようです。形状も最深部で解析された映像よりもかなり小さいと言っていました。正直なところ、この先どうなるか予想できません」
『大丈夫なの?』
「ここで時間を可能な限り稼ぎます。ミナミさんはその間に生徒たちを大穴の外に逃してください。お願いします」
『うん、気をつけてね』
ナナエは耳に装着していた無線機でミナミと連絡をする。
生徒たちの避難は進んでいるものの全員が大穴の外に出るまではもうしばらく時間がかかる。俺らがここで粘るしかない。
(しかし、最初にもらった情報と随分乖離しているな。よくあることなのか?)
「最深観測装置は頑丈に作ることが最優先なので映像記録などの機能は後回しにされています。新型の場合は実際のものと異なることはよくあります」
と、ここでナナエのスマフォに着信音がなった。電話ではなくメッセージアプリのものだ。
ナナエが画面を開くと、そこには複数の写真と映像が添付されている。その中には異形の物体が写っていた。
(それは?)
「ここから少し下に設置されている監視装置からの映像です。最深のものとは違ってこちらは性能がいいので詳細な情報が得られます。これで破蓋の性能を予測して対処します」
なるほどな。俺もその画像の中をじっくりと見てみる。その破蓋はやや厚みはあるが全体から見ると平べったい長方形だ。前部らしきところにはメッシュみたいな部分があるカバーが――ん? どっかでみたことあるな、これ。
俺はぱっとそれがなんなのかひらめき、
(これ、電動シェイバーじゃね)
「でんどうしぇいばーってなんですか」
首を傾げるナナエ。こいつは女の子だから見たことはないか。
(髭剃りだよ。電池で動く電動式でこう顎とかに生えた髭をジョリジョリ剃るやつ。お前みたいな歳には馴染みないだろうけど、俺みたいなおっさんは毎日剃らないとすぐ伸びて鬱陶しくなる必需品だよ。親が使っているのを見たことないか?)
「父が髭を剃っているのはみたことありますが、カミソリみたいなものを使っていたので……」
随分プロフェッショナルなやり方をしてんな。まあそれはいい。
改めて破蓋の姿を確認する。ごつごつした突起とかはあるが、全体の姿から見て電動シェイバーなのはまちがいないだろう。ひげ剃りの部分が丸いタイプではなく横長いものだ。俺が安いからって愛用していた980円のやつと同じだな。壊れやすいが1~2年ぐらいは持つからコスパは悪くなかった。
ナナエも破蓋の姿を見つめて、
「それでどういった攻撃が予想できますか?」
(うーん……まあ髭剃りだから先端部分でぶつかってくるぐらいかな)
「つまり体当たりってことですね。遠距離攻撃をしてこないのならこちらが有利に叩けます。他に何か注意すべきことは思い当たりますか?」
(そうだな……ケツの方に電池が入っているはずだよ。それが動力源になるわけだし。ああ、ならいっそのことそこを攻撃すれば動かなくなるんじゃないか?)
俺の指摘にナナエは首を振って、
「基本的に破蓋は電力と言ったものでは動いていません。前にも目覚まし時計が元だった破蓋はいましたが、電池は入っていませんでした。なのでそのでんどうしぇいばーというものも入っているかはこれだけでは判断できませんね。仮に入っていたとしても攻撃したところで止まるとは思えません」
(そうなると特に意識することはないと思うぞ。髭剃るぐらいしかやれることがない機械だし)
「わかりました。これで破蓋の破却の難易度が下がりました」
ここでナナエは少し感心したように、
「それにしてもよくすぐにわかりましたね。破蓋に元の存在があるのはわかりますが、形状が必ずしも同じではないので解析には割りと時間がかかることも多いんですが」
(そういやなんでだろうな……ああ、なんとなくわかった)
すぐにその理由を理解した。経験だ。
破蓋が来るまではもうちょっと時間がかかりそうなので軽く説明しておくことにする。
(前に通販の倉庫で働いていたことがあってな。お前は知らない言葉でピッキングっていう作業だ。確か品出しとも呼ぶらしい。これがやたらとノルマ――目標値が高くて、それで身についた技量ってやつだ)
「目標値?」
(通販で注文が入るから、その商品をむちゃくちゃ広い倉庫の中から探し出するんだよ。どこにあるかは渡された機械が教えてくれるんだが、その機械がどのくらいの時間で商品を探し出せるかみたいな確認をしているんだ。例えば1分に3つの商品を探し出すみたいな感じでな」
「結構大変のように思えますが……」
(そうそう、これがマジで難しくて、機械に商品を取り出すまでの残り時間が表示されるんだが、この時間内にやるためには商品の置いてある場所にたどり着いてから1秒で棚から取り出さないとならねえ。しかも指定された棚には複数の商品が入っててな。その中から指示された商品を見つけなきゃならん。お陰で機械に表示された商品名を見たのと同時にどういう形なのかイメージ――想像しておく必要がある)
「それだけでしたらそんなに難しくはないのでは? 身近なものであればだいたい憶えますし……」
(商品の数は数十万だぞ? 全部覚えられるか?)
「……いえ、それは多分私も無理です)
愕然とした感じのナナエ。あの倉庫の大量の棚に規則性もなく何でもかんでも詰め込まれている商品を見たらビビるだろうな。
(まあだからそんな感じに商品の形を憶えまくっていたせいで破蓋の形も何となく分かるんじゃないかと思う)
俺の話にナナエはふむと頷く。
「おじさんの能力も極稀には役に立つものがありそうですね」
(こんなどうでもいいスキル――技量が他に活かせる日が来るとは俺もびっくりだよ)
「少しは否定とか反発とかして下さい……」
額に手を立てて呆れてしまうナナエ。しかし、ピッキングはやりながら、こんなの憶えても他では役に立ちそうにもないスキルだなと思っていたが、まさか死んで異世界に来て役に立つとは。
ここでナナエはふと思いついたように、
「そういえば、私に取り憑く前は掃除の仕事をしていたと言っていませんでしたか?」
(そうだよ。通販倉庫の仕事は3つぐらい前のだな)
「……おじさんは仕事をころころ変え過ぎでは?」
(うっせ。色々面倒になったり、身体の調子が悪くなったりでやめたりしてんだよ。数え切れないってほどじゃないがあっちこっち仕事変えてた)
「なんといいますか――」
ここでナナエは口を閉じ大穴の底の方を見る。うねうねと身体をくねらせ蛇行しつつ出口に向かって上昇してくる破蓋が見え始めた。
「思ったより小さく機敏な動きをしていますね。ですが」
ナナエはここで背中の対物狙撃銃を構え、
「生徒たちを守るためにもここは通しません!」
戦闘が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます