第43話 久々の飯

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 肉だああああああああああああ!」

(私の身体でみっともない声を上げるのやめてください!)


 俺が分厚いステーキの前でウキウキハッスルしていたらナナエがうるさい。

 まあ確かに周りから変な目で見られているのは確かなんだが。


(だから私の部屋で食べましょうと言ったのに……)


 ナナエは疲れた感じで文句を言ってくる。


 ここは学校の学食だ。ナナエやクラスメイトは殆ど弁当を持参していたから知らなかったが、生徒の中には弁当が作れない人とか体調の問題で作れない日もあったりするので、全学年が無料で利用できるんだそうだ。

 で、なんで俺が今ここでナナエの身体を借りて飯を食おうとしているのかといえば、こないだナナエと約束した一つだけ好きなことをやってもいいという願いをかなえるためである。もちろんその内容は宣言していた通り、うまい飯――ステーキを食うことだ。


 そして、眼の前には熱々で油がジュージュー音を鳴らしているステーキがある。それも見るからに肉質が柔らかくて今にもバターのように溶けてしまいそうなほどの高級牛肉だ。

 もちろんいくら高級肉でもそれだけじゃ飽きるのでご飯とサラダも用意してもらっている。


(これ……本当に食べるんですか?)


 ナナエはうぷっと気持ち悪そうに言ってきた。和食っぽいものが多かったナナエはステーキ――油で焼いた厚切り牛肉というものを作ったことがなく、今まで食べたこともないらしい。

 そんなわけで、ナナエの家で作るのは難しいのでこうやって学食でわざわざ焼いてもらっている。


「俺もこんな高級肉を食べるのは初めてだぞ。スーパー――大きな店でたまに2000円ぐらいの肉が半額で売ってるから食っていたこともあるけど、これはそんな値段じゃ済まないだろ。マジやべえ、たまらねえ。匂いだけで満腹になるわ~」

(なんだかよくわかりませんが、おじさんの食生活が貧困だったことだけはわかりました)

「全くだ。冷凍食品や閉店前の半額の惣菜を買い溜めて冷凍庫に放り込んで毎日温めて米と納豆と一緒に少しずつ食べる食生活は最初は辛かったよ。途中で慣れたけど」

(私の想像よりひどい……)


 頭を抱えているナナエは放っておき、


「よーし食べるぞー」


 そうフォークとナイフ(そういやこれこの世界だとなんて呼んでるんだ?)を手にとって――


(ちょっと待ってください。そんなに油が飛び跳ねているものを食べたら私の制服が汚れてしまうでしょう)

「そんなの気にするなよ。ちょっと汚れるぐらいだろ」


 邪魔をしてくるナナエに文句を言うが、


(駄目です。こんな濃い油がついてしまっては選択しても汚れを落とすのも難しいです)

「いやちょっとぐらい汚れても誰も気にしないって意味で」

(余計に悪いですよ! 気にするに決まっているでしょう!)

「えー。いつもシャツとパンツ、まあ下着のまんまで飯食ってよくこぼすけど面倒だからそのままにしていたが、気にしなかったぞ」

(どんな生き方してるんですか、本当に……とにかく懐に手ぬぐいがあるので前掛けとしてつけてください)

「へいへい」


 俺はスカートのポケットから手ぬぐい――ハンカチみたいなのを取り出して、首のところに下げる。


「よーし食べるぞー」


 そう気合を入れて高級肉にナイフを突き立てる――その瞬間、


「こっこれはっ……!」

(今度はどうしたんですか)

「柔らかい」

(は?)


 俺は再度肉にナイフを入れる。柔らかい、柔らかすぎる。肉の硬さや筋を全く感じずまるで豆腐にナイフを突き刺しているみたい感覚だ。300円ぐらいのステーキを買ってきては筋が固くてナイフで切れないわ、口で噛み切れずに必死こいてクチャクチャと嫌な感じで食べたりしたものだが、この高級肉からはそういったものは全く無い。


 恐る恐るフォークで肉を刺し口のところに運ぶ。そして、


「なんだ……これは……ありえない……」

(今度はどうしたんですか)

「口の中で、口の中で肉が溶けるんだよ! こいつはすげえ肉だ!」

(……変な声を出すから病気でも起こしたのかと思ったじゃないですか)

「お前が心配性すぎるんだよ。ただ肉食うだけなんだから何も起きやしないって」


 そう俺は言って口の中で肉汁が吹き出る牛肉を堪能する。なんてこった。こんなに柔らかい肉がこの世界に存在していたのか……


(なに黄昏れているんですか……)


 ナナエは呆れていたが、俺はさらに二、三切れ口に入れる。

 やはり美味い。美味すぎる。人生が変わりそうだ。


 だがここで一旦肉から離れてご飯の茶碗を取り、白米を食べ始める。そして、サラダもつついて食べる。こうやって一時的に肉から離れることに酔って、また次食べるときの肉の味を際だたせるのだ。特に誰かから教えてもらったでもないが、こうすれば多分うまく食えるってだけじゃないかなというだけだが。


 と、ここでフォークの肉の刺し具合が甘かったらしく抜け落ちて、テーブルの上に落ちてしまった。


(そんなに焦って食べるからですよ。食事も精神の鍛錬のひとつなのですから威厳と効率の両方を兼ね備えて正しく食事を摂るのです)


 そんな事を言っているナナエを無視して、俺はテーブルの上に落ちていた肉にまたナイフを挿してそのまま食べる。


(あー! なんで落ちたのを食べてしまうんです! 汚いでしょう!)

「大丈夫だって。床に落ちたわけでもないしテーブルの上だからそこまで汚くない。それに三秒以内なら無効になるから」

(それどういう根拠なんです!?)

「いやまあただのおまじないなんだが、貧乏性だからあの程度なら食べちまうんだよ。もったいないからな」

(ううっ……いまさら私の身体の中にとんでもない危険人物が住み着いたと再認識させられました……)


 ナナエが苦悩している間にどんどん箸を進める。肉数切れ食べた後、ご飯とサラダ。途中でなくなったらおかわり。そのまた肉。

 これを繰り返すこと数分。あっという間に食事が終わり、学食の食器返却に返す。


(ずいぶん早く食べるんですね)

「そうか? 前の世界だとこのぐらいのことが多かったな」

(そんなことだから食事の作法がひどいんですよ。今度私がきっちり教えますからね)

「えー、やだめんどくさーい」

(子供ですか!)


  そんな話をした後、俺は学食を出て校舎の中を歩き回る。


(何をするつもりなんです?)

「いやあ、腹も膨れたし、せっかくだからちょっと身体動かしてみたくなってさ。学校内をうろつくのは別にいいだろ? 食後の運動は健康にもいい」

(ま、まあそのくらいならいいです)

 

 しぶしぶナナエも了承した。なので、俺は校舎の中を散策することにした。


 途中で部活動用の部室が並んでいる場所にやってきたものの、一部屋だけ激しい機会が動き回る大音響が聞こえてきたので、部活名を確認したら工作部だった。


 ちょっと隙間から部室の中を覗いてみると、怪しげな機械やらハンマーで叩いたり加工していた。


「何してんだ?」

(さあ……)


 ナナエもこの部活のことは知らないらしい。まあ邪魔するの悪いので立ち去る。

 その後、のんびり歩いていると、


(元の戻りたいとか考えたことないんですか?)


 唐突にナナエが聞いてきた。俺はしばらく考えた後に、


「んー、まあ戻れるなら戻るけど無理してまで戻ろうって感じもないな。どうせ底辺暮らしだし」

(その、ご両親とかご家族とか……)

「独身だし、親とは10年ぐらい顔合わせてなかった。たまに電話で適当な話する程度だ」

(……おじさんに常識的な環境を求めたほうが間違いでした)

「全くだな」


 俺はケラケラと笑う。そして、


「まあとりあえず第一優先はお前の身体から出ていく方法だよ。その後のことはその後考えりゃいい」

(変なところは前向きなんですね)

「あれこれ考えるのは苦手なんだ。とりあえず眼の前にある一つやることを終わらせるんだよ。それが終わったら次。それも終わったら次。こうやって仕事を終らせる」


 そう言ってからふと思う。もし俺がこいつから出ていったらナナエはどうするんだろうか。今こいつが不死身の能力をうまく使えているのは俺が身体の主導権を入れ替えているからだ。もしこれができなければガスコンロ破蓋のときに下手をしたら人類滅亡していたかもしれない。


(どうしたんですか?)

「いや別に」


 ナナエにそう聞かれたが答えも見つかりそうにないのではぐらかしておいた。

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