第50話 謎の部屋

 そんなこんなで俺達は寮にあるナナエの正面の部屋の前に来ていた。

 放課後なのですでに日が傾き、寮とは名ばかりの団地の棟5階で狭くて薄暗い階段と古ぼけたドアという場所なので、


「なんかこう、ワクワクしてきたね! 私ずっと一軒家だったからこういう建物に入ったことなかったんだよー」


 目を輝かせてワクワクしているヒアリ。ダンジョンの冒険でもしている気になっているんだろうか。

 ナナエはチャイムを押してみる。ピンポーンという音が鳴るが、しーんと静まり返って何も反応がない。


「すいませーん、隣のミチカワなんですけどー」


 ナナエが呼びかけてみるが、やはり反応はない。その後にのぞき穴から中の様子を伺おうとするが、入口側からでは部屋の中から見える僅かな光に変化はない。どうも誰も居ないようだ。


(まだ学校から帰ってきてないんじゃねーの?)

「すでに学校は閉じられています。しかし、何かの理由で学校内に残っている可能性はありますが……」


 いつものように俺とナナエが会話してると、ヒアリが横から不思議そうに、


「え? なにか言った?」

「い、いえ、独り言です」


 そうごまかす。

 これはまずいな。俺の声はヒアリには聞こえないんだから、ナナエとなんか話すたびにこんな感じに首を突っ込まれてしまう。あとで対応策を考えておかないと。


「参りましたね。この部屋の住人の方とは交流がなかったのでいつ帰ってくるのかもわかりませんし……」

「さっき寮の管理部って先生が言ってなかったけ? そこに行けば住んでいる人のことがわかるんじゃないかな?」


 ヒアリがそういうものの、


「しかし、個人情報の問題が……」

(そんなこといちいち考えるような連中じゃないだろ。俺の言葉には反応しなくていいからな)

「むう」


 ナナエは一旦唸ってから、


「仕方ありません。寮の管理部に行っていましょう」

「はーい!」


 二人は階段を降りて、寮の棟から出る。団地内道路と広い庭、たくさん並ぶ棟に、

 「わー、すごーい!」


 ヒアリは寮(団地)の広い庭の間にある道を楽しそうに走り回っていた。よっぽど団地が珍しいらしい。まあ俺も最初に巨大団地の清掃の仕事に来たときは、数十の棟と無駄に広い庭と木々、端から端まで3kmもある広大さにこれ全部掃除すんの?とげんなりしていたけど。しかも、団地の棟は微妙に不規則な並び方で最初は方向感覚が狂って別のところを掃除したり面倒だったもんだ。


 そんな団地にヒアリは目を輝かせているわけだが、事前にここに訪問したことはあるとはいえ、今日転入してきて緊張感とか全く感じられない。

 ヒアリが少し離れたところにいるので、俺はナナエに、


(なんつーか、ヒアリの順応性の高さはすげえな。死ぬかもしれない戦場にやってきたってのに緊張感もなくあっさり溶け込んでる)

「史上最大の適正値は伊達ではないということでしょう。この学校の人は皆いい人ですが、ヒアリさんほど強烈なのは知りません」

(確かにすげえ押しだもんな)

 

 会って5秒で友達とか普通は思いつかない。さらに本当に仲良くなっているっぽいところがまたすごい。


(逆に適正値の低いお前は人付き合いが苦手ってわかりやすいな)

「私は思うところがあってそうしているだけです。必要があればきちんと周りの人と接することはできますよ。だいたいそれを言ったらおじさんは――と思いましたが、この世界に来てあまり動じてませんでしたね」

(そうか? かなり混乱していたんだけどな)

「いきなり戦闘中にやってきたんですから、普通ならもっと錯乱していてもおかしくないと思いますよ」


 ナナエの指摘に俺は少し考えてから、


(スポット派遣とかも結構やってたから知らないところにいきなり行くのは慣れていたからかもしれないな)

「すぽっとはけんってなんですか」

(一日単位で雇われて仕事する形式だよ。法律で禁止されていたけど、ある現場が人手が足りないから今日だけ行ってくれみたいなのは普通にやってた。それで知らない現場によくいって知らない人から指示されたりとかもあったから慣れてたのかもな)

「ろくでもない話に聞こえますが、それが突然の破蓋との戦闘に巻き込まれてもある程度意思を持ち続けられたということかもしれませんね」


 少し感心しているナナエだったが、マジでろくでもない――どう考えても違法なんだが、そんなもんのおかげでこの世界に順応したってなら少々複雑な気分だ。


 そんな話をしている間に団地の真ん中にある管理事務所が見えてきた。

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