第49話 同室
突然手を挙げてナナエと同じ部屋に住みたいと言い始めたヒアリ。その紙は昨日ナナエがにらめっこしていた英女同士の同室希望の意思確認のものだった。
ナナエは慌てて、
「申し訳ありませんが、私は現状維持で一人部屋がいいんです。ですのでヒアリさんとは一緒に住めません」
「えー……」
「うっ」
拒絶されたと思ったのか涙目になってしまうヒアリにナナエは罪悪感を感じて唸ってしまう。
だが、すぐにそれを振り払うようにぶんぶん頭を振って、
「とにかく駄目です! 複雑怪奇な事情により私は一人部屋を断固と希望します! こればっかりは譲れません! いえ別にヒアリさんに問題があるというわけではありませんよ! むしろ私としてはそうしても構わないという気持ちはあるんです! ですので完全にこちら側の事情で――いえ、全く私のせいではないんですが、ヒアリさんの身の安全を考えるとこういう結論しか――そもそもなんで私がこんなことで悩まなければならないのかと考えると頭痛が――」
(おいおい、落ち着けよ。ここは妥協点を探るべきだろ)
「おじさんのせいでしょう!?」
キレ気味で地団駄を踏み出すナナエだったが、すぐにぽかんとしてしまっているヒアリと哀れみの視線を向けてくる先生に気が付き、すぐさま部屋の隅に移動すると、
「おじさんのせいじゃないですかっ」
(言い直さんでもいいぞ。こんなことでギャーギャー揉めても時間の無駄なだけだ。妥協点とやるべきことを洗い出してさっさと解決したほうが生産的だし)
「なにかずいぶん重みを感じる言葉ですが」
(底辺現場だと意味のわからん言い争いとかたまにあるからな。『気に入らないならそう言え』『もういいからあっちいけ』とかこのクソ忙しいのに不毛すぎるわといつも思ってた)
「それなら止めればいいでしょう」
(巻き添え喰らいたくないから生暖かく見守るだけだよ)
「ナナちゃんどうしたのー?」
俺とナナエが話していると、ヒアリが寄ってきたので、ナナエはすっと手を挙げて制止すると、
「今ちょっと考えをまとめているので集中させてください。そんなに時間は取らせませんので」
「う、うん」
そう素直に引き下がる。そのあと先生と「ナナちゃん変わってる感じですか?」「最近ちょっと奇行が目立ちますね」とかやり取りしているのが聞こえてきて、ナナエは苦悩の表情を浮かべるが、
「さっさと問題を片付けましょう。とにかくおじさんがいる部屋にヒアリさんを連れ込むとか論外です。お手洗いとかお風呂とか着替えとかどうするんですか。まさかヒアリさんのいるときも部屋の中を真っ暗にしておく訳にはいかないでしょう」
(お前が黙っていればヒアリには俺の存在が認識できないはずだし、何事もなくお前とヒアリだけすんでいるってことでやりすごすという手もあるぞ)
「……それ、本気で言っていたら怒りますよ?」
眉間にビキビキとしわを寄せるナナエ。
(ま、まあお前の言っていることは正論だし、俺的にも断っておきたいからそれでいいんだよ。でもそれだとヒアリが納得してない感じだぞ。押し切れば大丈夫かもしれないが、あの性格を見ると、ちょっと傷つけてしまいそうだ)
「……わかってます。しかし、他に方法が……」
うーんと腕を組んで考えるナナエ。俺も思考をフル回転させてなにかいい案が出てこないか探る、
ヒアリはナナエとの同居を希望している。しかし、状況的にそれは無理だ。となればヒアリを説得させるだけの寮の住み方を考えるしかない。
寮は古い団地の再利用。建物は団地時代から変えてない。1棟40部屋あって、10世帯ずつ階段が設置され、全部で4つの階段がある。
階段の踊り場に両方の部屋のドアが設置され、隣――というか正面の部屋の人に挨拶することは簡単だ。
ん? もしかしてこれでいいんじゃね?
うーんと頭を抱えていたナナエに、
(おい、いい手を考えたぞ)
「なんですか、変な意見だったら……」
パキパキと拳を鳴らし始めるが、その拳で自分を殴る気か?
(そんなに警戒するな。単純な方法だ。お前の部屋は最上階だったけど、目の前に別の部屋があるだろ。誰が住んでいるのか知らないが、移動してもらって、そこにヒアリに住んでもらえばいい。いつも一緒ではないが、来たいときにすぐ会える距離だ。生活に必要な風呂や便所、寝床はヒアリが自分の部屋を使って遊びに来たいときは来ればいい)
俺の提案にナナエはふむと頷き、
「なるほど……悪くはない案だと思います。しかし、正面の部屋は誰が住んでいるのかよく知らないんですよね」
(あの部屋に住んでから一度も顔を合わせていないのか?)
「はい。あそこに住んで4年になるんですが、会ったことはないです。挨拶をしておくべきかと最初の頃は思っていたのですが、気が乗らずにそのまま忘れてました」
この学校の連中なら即座に挨拶にいって仲良くなりそうな感じだが、やっぱりナナエは適正値が低いだけあって他の生徒とは違うな。
(俺も住んでいたアパートとかマンションとかで挨拶なんてしたこともないし、する気もなかったから、その気持ちはわかる)
「おじさんに同調されると死にたくなるからやめてください。郵便受けにお知らせの紙などが入っていて、よく溜まってはいましたがある日きれいに片付けられたりしているのを見ているので、無人というわけではないはずです。なので引っ越して貰う必要が出てきますが」
(今は緊急事態だろう。引っ越してもらうことをお願いできるぐらい働いてはいるはずだ。これが金で買った家とかなら面倒だが、ただの寮なら荷物も多くないし部屋を変える程度のことをしてもらうぐらいだと思うぞ)
俺の案に、ナナエはしばらくふーむと腕を組んで考えていたが、
「わかりました。おじさんの案に乗ってみます」
そう答えてから、くるりと先生とヒアリの方に駆け寄る。
「すいません。結論が出ました。まずやはり私は一人部屋を希望しますのでヒアリさんと一緒に住むことは出来ません」
「そんなー」
涙目のヒアリに、ナナエは慌てて待ったをかけ、
「しかしヒアリさんの好意も無視するわけにはいきませんん。そこでお互いの話をすり合わせて考えて一つの結論を出しました。ヒアリさんは私の部屋の隣に引っ越すという形ではどうでしょうか? それならばお話したいときなどすぐに会うことが出来ます」
このナナエ(というか俺)の提案を聞いたヒアリはパアッと顔を輝かせ、
「いいよ! それならすぐに遊びにいけるし! あー、でもでも、それだと今住んでいる人に迷惑がかかっちゃうんじゃないかな?」
と、一旦は受け入れたもののすぐに不安げな表情を浮かべる。まあそういう反応になるのは当然でだろう。
ナナエは頷いて、
「隣の部屋の人はあったことはないんですが、恐らく住んでいると思います。とりあえず、その方に別の部屋に移動できないかどうか話してみましょう。それで断られた場合はまた考えればいいんです」
「わかったよ!」
ヒアリは大げさに手を伸ばして受け入れる。
ナナエは先生のほうを向き、
「先生、今住んでいる生徒から了承が得られれば構いませんか?」
「はい。部屋移動に関しては意志の確認が取れれば自由に行ってもらって構いません。その辺りはおまかせします。詳しい手続きは高等部の寮管理部に問い合わせてください」
先生はあっけなく認めてしまうが、任せちゃうのかよ。普段からこの先生は一体何の仕事をやっているんだ?
「では、交渉に向かいましょう」
「はーい!」
そう二人は先生の部屋をあとにした。
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