第212話 ギリギリのライン

「戦争……」


 ヒアリが呆然とつぶやく。戦争って軍隊がこの学校を攻撃してくるってことだよな。ナナエも困惑しつつ呆然としてしまっていた。


 ハイリは腕組みをして、


「んまあ、まだここにいる目的ははっきりしないけどなー。一ヶ月ぐらい前に無人機の撮影機能を試すためにあの辺りを見てたけどこんなのはなかったな」

「つまり先生が外に出てから学校の敷地の直ぐ側に基地みたいなのが作られているってことか……」


 クロエも真剣に焦り顔になっている。


 何が悲しくて世界を守るために戦ってきたこの学校の生徒がそんな目に合わなけりゃならないのか。


「軍隊ですよ! 軍! 武装集団! 戦闘! 戦争! 革命! 反乱! なんで私達がこんな目に合わなきゃならないんですかああああああああああ!」

「ウィっウィっ」


 マルがまた発狂しはじめたのでミミミが頭をなでて落ち着かせている。


 と、ここで生徒会室の扉が開いた。誰だ――とナナエが振り返った瞬間、一人の女子生徒がすたたたたとこっちに顔を向けずに窓際まで移動して、背を向けたまま立った。


「会長。連絡は取れましたか?」


 クロエがそう言ってこの女子生徒が生徒会長だと思い出した。前にここに来たときもこっちに背を向けたまま話していたな。よくわからなんやつだ。


「ああ、個人的に用意していた衛星通信で外部とつなげることが出来た。私の実家を通じて政府の人間とも話ができた」

「本当ですか!? よかった……」

「どういうことですか?」


 クロエが歓喜の声を上げているのに、ナナエは首を傾げた。


「この学校は外部とは隔離されているから連絡とかはできないでしょ? 唯一の連絡手段を持っていた先生は装置を全部壊して出ていったし、それでこっちから全然政府と連絡ができなかったわけ」

「しかし、連絡手段を先生しか持っていないのには問題があると考えていた。執行部の人間からは先生に対する不信感や不安があったから。そこでかなり前から入念に時間をかけて衛星を使った通信をできる装置を入手した。私の家族が契約したものをこちらに送ってもらった形なので、違法性はない」


 生徒会長が入念に説明しているのは、ヤバイことはやってないから安心しろってことだろう。ヘタに犯罪を犯していました~とかバレたら警察が突っ込んでく

るかもしれないし。


 ここでヒアリが前のめりになり、


「あっあの! 戦争が起きるって本当なんですか? 今学校のすぐ近く軍隊さんがいて私達を攻撃するかもしれないって工作部の人達にいわれたんです」

「工作部の連中に無人機を使って学校の敷地外を調査させたのよ。それがこれ」


 そういってパソコンで記録した映像を見せる。流石にその時は会長はこっちに向いてパソコンの映像を見ていた。今まであまり顔をみられてなかったが、かなりの長身で黒いロングヘアーな凄まじい美人だ。まあ今は鑑賞会じゃないからスルーしておく。


「……なるほど。最高のタイミングで帰ってこれたわけだ。あと知っている話ならすべて私に教えて欲しい」

 

 生徒会長はどこか楽しげだった。


 俺とナナエで今まであったことと新情報を話すと、生徒会長は更に楽しげになり、


「これで道筋が少し開けたっ……!」


 そうぐっと拳に力を入れた。

 そして、また同じ窓ぎわに戻り、


「これで先生は嘘を言っていることが証明できる。この衛星通信端末は音声や小さな電子書類も送ることができるから世界中に情報を流すことができる」


 その装置を見てナナエは感心しつつ、


「衛星を使った通信なんてものがあったなんて……」

「喜ぶのはそのぐらいで、ここからは次よ。会長、連絡を取れた相手はどのくらいの人なんですか。話を政府の中枢に伝えられる人だといいんですが……」

「抜かりはなかった。そう入っても過去主要政党で首相も務められたことがある。今ではすっかり落ちれて泡沫政党になった元議員様だけどね」


 そういう生徒会長の言葉に少し不安を怯えてしまう。なんかすごい微妙な相手だな。大丈夫? まあそれでも政府の内部に連絡できたことが一番大きい。


 生徒会長は話を続けて、


「話は長かったのでまとめるが、現状で軍隊がこの学校を襲うことはないとのことだ」

『はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』


 思わず全員で大きなため息をついた。みんな今すぐ学校が戦場になるかもしれないと言われてそうとう落ち込んでいたのだろう。


 生徒会長はは更に続けて、


「あそこに集まっている軍隊は先生の話の確認のために移動しただけ。もちろん何かが起きたら動くらしいけど、事前に私のところに連絡をしてくれる。幸いこの国は宗教国家だが議会民主政治だ。軍隊の軍事作戦にも国会に予め承認を取る必要がある。そういった情報があれば向こうから連絡が入る手はずだ。とりあえず、今わかった情報を伝えに行く。向こうにもこちらの状況はできるだけ早く伝えておいたほうがいい。失礼」


 そういうとまた背中をこちらに向けたまま生徒会室を出ていった。


「よかったー」


 ここでほっと胸をなでおろすヒアリに対して、ナナエは余計にまだブツブツ何かを言っている。安心していいのかはっきりしないのでどうしたものかと考えてるんだろうな。


 俺は思いつき、


(今はそっちの話は生徒会長に任せておいて、俺らは自分たちにできることを考えようぜ。とりあえず家に帰って寝るってのはどうだ。疲れたし)

「おじさんが面倒になっただけでしょう……」

(向こうにいって破蓋と戦いまくってやっとこっちに帰ってきて生徒会室に直行してきてみれば、先生がおかしな事を言ってて人類の敵扱いされて、軍隊が攻撃してくるかもしれないとか俺の処理能力を超えたよ。もーやだ疲れた帰って寝る寝させろ)


 俺がそう騒ぎ立てるとナナエはため息をついて、


「おじさんが疲れたと言って駄々っ子状態になってしまったので一旦寮に戻って休息をとっていいですか?」

「いいわよ。むしろ悪いわね、帰ってきたばかりなのに長々と突き合わせちゃって」


 そうクロエに許可をもらってナナエとヒアリは生徒会室を後にした。

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